<DeNA2-1阪神>◇23日◇横浜

 英雄は一転、悲劇のヒーローになった。アイシング姿のまま真っすぐ前だけを見つめて、阪神岩田稔投手(30)は帰りのバスへと歩いた。8回4安打無失点で7奪三振。かつての同僚久保との投げ合いは制したが、すぐそこだった6年ぶりの10勝目が逃げていった。今季最多139球。熱投は報われなかったが、やりきった充実感がにじんでいた。

 岩田

 しっかりゼロを並べられたので、自分の投球はできたんじゃないかと思います。

 苦しむ打線を横目に、自分の仕事に徹底。動く直球にツーシーム、フォーク、スライダーが威力を発揮した。唯一のピンチは3回に背負った1死満塁。だが気合を入れ直してグリエルを遊飛、筒香を二ゴロに打ち取った。4回から7回までは無安打投球。125球を超えた8回には2死二塁のピンチで、桑原を空振り三振で切った。マウンドでグラブをたたき、口ひげをたくわえた表情には闘志がみなぎっていた。

 10勝王手から5試合足踏みとなった。だが、いずれも5回以上を投げ、決して大崩れしたわけじゃない。ペナント終盤、しっかりと自分の位置をつかんでいる。開幕前には引退まで覚悟したシーズン。それを象徴する“宝物”がある。

 「先にトレードしてん。ブラック過ぎるやろ?」

 屈託なく笑い、練習用のグラブを見つめた。「CHOME」と書かれている。ソフトバンク森福のものだった。自主トレを共に行うなど仲のいい左腕同士。だが、昨オフにはトレードのうわさが流れるほど、ともに調子を落としていた。半分冗談、半分本気…。

 考えることをやめた。「任されたところで投げきる」ことを目標に定めた。打たれれば反省はする。だがやるべきことをこなしていくうち、結論が出た。色気が出れば勝てないことが分かった。すべてを総じて言い切った。

 「運命です」

 ならば運命は変えられる。トレードされたのはグラブだけだ。かたくなに自分を追求する岩田には、次戦きっと、野球の神様がほほ笑むはずだ。【池本泰尚】