中日小林正人(34)、三瀬幸司(38)、鈴木義広(31)の3投手が26日、名古屋市内で現役引退会見を行った。10年途中に移籍加入した三瀬も含め、落合監督時代に優勝貢献した左右の救援陣。全員球団スタッフとして残留が内定。ナゴヤドーム今季最終戦の10月1日DeNA戦では3人で1イニングを任され「引退試合」を行う予定だ。

 スーツ姿の小林に時折、清々しい笑顔が浮かんだ。「9月の頭に来季は契約を結ばないと言われ、家族と相談して決めました。でも10年もできると思わなかった。落合GMにも『よくやったよ』と声をかけてもらいました。運もあったと思うし、よくできた野球人生だったと思います」。左キラーで名をはせたプロ生活。「運」にも導かれた「よくできた野球人生」は、アクシデントが転機だった。

 即戦力左腕の期待を受け02年に東海大から入団。巡ってきた05年9月1日の1軍デビュー戦(対阪神、甲子園)で“事件”が起きた。「長女の3歳の誕生日だったんですが…」。桧山への頭部死球で危険球退場。両軍乱闘寸前になった。結局その年は4試合で防御率7・71。森投手コーチ(現ヘッド)からオフにサイドスロー転向を勧められた。

 「当時(好左腕の)高橋聡文や久本さん、いま日ハムの石井らがいて、『(特徴なく)上から投げてては厳しいぞ』と言われた。永射さんみたいになれ!

 その一言がなかったらこんなに長くできなかった。僕の恩人です」。

 フォームを変えて急成長。左のワンポイントとして、巨人阿部や小笠原、阪神金本、広島前田智ら各球団の主軸を牛耳った。「いつもギリギリの勝負で、強打者を抑えた時は快感でした」。11年には自己最多の58試合登板で5勝0敗、防御率0・87で連覇に貢献。落合常勝軍団に欠かせない存在として一時代を築いた。

 「大好きなドラゴンズを陰から支えます!」。打者1人が予想される10・1名古屋での引退登板後は、球団スタッフとなる。「よくできた野球人生」を後輩たちに還元し、V奪回に力を注ぐ。【松井清員】