<SMBC日本シリーズ2014:ソフトバンク5-1阪神>◇第3戦◇28日◇ヤフオクドーム
20歳6カ月、阪神藤浪が初の日本シリーズ・マウンドで完敗した。第3戦に先発。1回に長打2本、わずか7球で先制を許し、4回には暴投で無安打のまま2点目を献上。6回途中、7安打3失点で無念の負け投手だ。中4日の第7戦に先発する予定。黒星が先行した阪神に第7戦が、そして藤浪に、リベンジの機会は回ってくるのか。
大阪桐蔭時代に春夏連覇し、日本一を知る男だ。藤浪は失点のもつ意味に、天を見上げた。4回1死二塁。細川を空振り三振に仕留めたはずの1球が暴投となり、振り逃げ。何と二塁走者の生還を許してしまった。懸命のベースカバーも、空タッチ-。白黒がすべての世界で、20歳の右腕が散った。5回2/3を投げ7安打3失点。試合はつくった。だがそんな次元では戦っていなかった。交代を告げられると、ベンチへの道中でグラブで左膝をたたいた。悔しかった。
藤浪
気持ち的には初回から飛ばしていったけど、(雰囲気など)何かに左右された、というのはないです。もっとテンポよく投げればよかった。
1回先頭の柳田にカットボールを右翼線に運ばれる二塁打。犠打で1死三塁。3番内川にもカットボールを中越え適時二塁打とされた。「狙われたというか、うまく打たれた」。何とか最少失点でしのいだが、2回以降も走者を背負い続けた。粘ったが、球数はかさんだ。降板時には111球に達していた。
CSから、熱い思いで準備を進めてきた。4連勝した巨人とのCSファイナルステージ。初戦に先発し勝ち投手になった。さらに最終第6戦までもつれた場合、中4日で先発する予定だった。登板2日後の17日。休養日だったが東京ドームに現れた。休日を返上した。
「中4日で投げるかもしれない。休んでもいい、と言われたんですけど、いいです、と言いました」
勝利したその夜は松田や球団スタッフと焼き肉を食べて祝杯を挙げた。だが、そこで喜びは終わり。すぐに準備に取りかかった。26日の試合前練習では、指名打者制での先発にもかかわらずバント練習をこなした。「(巨人戦)前にバント練習したら、調子がよかったので」。普段はしない験担ぎまでした。やれることはすべてやった。
わずか20歳と6カ月で臨んだ初の日本シリーズ。結果は伴わなかった。62年に村山が記録した25歳10カ月のシリーズ球団最年少記録の更新は持ち越しとなった。中4日で回ってくる可能性がある最終戦へ、準備を進める。「切り替えてやりたい。頑張ります」。最後は努めて明るく、しっかり前を見つめた。気持ちは折れてなどいなかった。【池本泰尚】
▼阪神が連敗。敵地では03年(福岡ドーム)●●●●→05年(千葉マリン)●●→14年(ヤフオクドーム)●と通算7連敗。日本シリーズで敵地の連敗記録は、西武の10(94年2→97年3→98年3→02年2)が最多。7連敗は2チーム目。



