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井上尚弥

Chapter5潜在能力解放のWBSS制覇 4団体統一へ「技術」と「体」の追求・・・怪物の歩みは止まらない

2019年11月7日。バンタム級最強を決めるトーナメント「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)」決勝は、心と心、技術と技術がぶつかり合う激闘となった。対戦相手は5階級王者ノニト・ドネア。チケット2万枚は完売。会場のさいたまスーパーアリーナは、ラウンドを重ねるごとに異様な熱気に包まれていった。

9回にドネアの右を顔面に受けた井上の足もとが、プロ転向後初めてぐらつく。試合後、眼窩(がんか)底骨折が明らかになる右目上はぱっくりと割れ、出血により視界は塞がった。だが、「怪物」の潜在能力は百戦錬磨のドネアをねじ伏せた。終盤に入っても動きは質、量ともに落ちず、相手の動きを冷静に分析。11回に会心の左ボディーでダウンを奪い、3―0の判定勝利(116―111、117―109、114―113)を引き寄せた。

ボクシングの面白さ、奥深さが凝縮された36分間。試合はWBA、IBF、全米ボクシング記者協会や、米スポーツ専門局「ESPN」など主要メディアで年間最高試合に選ばれた。2年がたった今も語られる伝説の一戦は、井上の意識にも大きな影響を与えた。

WBA・IBF世界バンタム級タイトルマッチ12回戦

井上尚弥(大橋)12回判定ドネア(フィリピン)

2019.11.07 井上尚弥「強かった」ドネアと2度抱き合い敬意

5回、ドネア(左)を激しく攻める井上尚弥

5回、ドネア(右)にパンチを食らう井上尚(撮影・鈴木みどり)

11回、ドネアからダウンを奪い勝利かと思われたが相手が立ち上がりあぜんとする井上尚(撮影・足立雅史)

互いの健闘をたたえ抱き合う井上尚(右)とドネア(撮影・足立雅史)

井上尚はWBSS優勝を果たしトロフィーを高々と掲げる(撮影・足立雅史)

「あの試合は本当に特別でした。相手、試合内容もそうですが、何より会場の雰囲気ですね。入場時から熱気というかファンの期待感がすごくて、それまでの試合とはまったく違った。『やっとここまできたな』という思いがありました」

「やっと」。その言葉の裏には、20歳で世界王者となって以来、長く感じてきたジレンマがあった。

「ライトフライ級で初めて世界王者になった時は、想像していたものと現実のギャップに悩んだこともあったんです。街を歩いても自分のことを知っている人の方が少なかったですし、実際、1つの階級に4人も世界王者がいて、誰が強いのかも分かりにくい。スーパーフライ級で2階級制覇をしても、防衛戦では名のある相手とは戦えず、そこが変わることはありませんでした。そんな積み重なった思いが、ドネア戦のあの空気で晴れたのかなと思います。WBSSの3試合で、周囲の目も大きく変えられたと感じています」

日本のスターから、世界のスターへ。井上を取り巻く環境は大きく変わった。WBSS優勝後に、米プロモート大手トップランク社と複数年契約を結ぶと、20年10月には「聖地」ラスベガスのリングに初登場。軽量級では異例の1億円を超えるファイトマネーが用意され、堂々のメインイベントで防衛戦を飾った。

WBA・IBF世界バンタム級タイトルマッチ12回戦

井上尚弥(大橋)7回KOモロニー(オーストラリア)

2020.10.28 井上尚弥は「問題なく勝つ」死闘演じたドネア語った

2020.10.31 井上尚弥「拳で家を建てる」父との約束…世界で体現

ノニト・ドネア(19年11月5日撮影)

WBA、IBFバンタム級タイトルマッチでモロニー(奥)からダウンを奪う井上(トップランク社提供、ゲッティ=共同)

Bantam Weight ( limit 53.5kg )

case6「技術」と「体」

28歳。ライトフライ級から始まったキャリアはスーパーフライ級を経て、「適正階級」と語る現在のバンタム級へ。53.5キロの舞台は、井上の本来のパワーを表現する最高の場所だった。目標の4団体統一に向け、今、井上にはどんな景色が見えているのか。

「『体』という意味で、バンタム級は楽しいですね。無理な減量がないから、いろんなところに考えが向く。練習でシャドー1つにこだわるのと同じように、リングに上がった時の状態にどこまでこだわれるかが大事だと思っています。減量、リカバリーを含めた体への意識は、世界王者になったばかりの20代前半とは大きく変わりました」

技術と同じように追求する体へのこだわり。ライトフライ級時代、「昭和の減量」「気合の減量」と語っていた減量は、試合のたびに改善を繰り返してきた。

「減量方法はバンタムに上げてガラッと変えました。以前は1カ月前から水分を減らして、目先の体重ばかりを気にしていましたが、今はいかに水分を保ちながら練習をするかを心がけています。そのために、食事を塩分を控えたものに変えて、試合の4日前までは脂肪で体重を落とし、最後の3日だけ水分量を減らして落とすイメージです。脱水状態になっていないから練習でのパフォーマンスも昔とは全然違います」

「これまでで一番コンディションが良かった」と語る21年6月のダスマリナス戦。3回KO勝利の圧倒的な試合の裏には、前日の食事の影響もあったという。

「これまでは計量が終わったら、『やっと食べられる』という感覚でしたが、(20年10月の)マロニー戦で足をつりかけたこともあって、そこも変えないといけないなと。1カ月も減量をしているので、当然好きなものを食べたいという欲求はありますが、そんな感情はあと1日我慢すればいい。ダスマリナス戦は、夜に野菜、豆腐、ささみを取り入れたことで、動きがすごくよかったんです。計量後に、食べてとにかく体を大きくしようとする選手もいますが、自分は4~5キロがベスト。計量で終わりではなく、リカバリーも含めて、そこまでが試合の調整だと思っています」

「20代前半とは疲れの抜け具合も変わってきた」と肉体の変化も認める。それだけに、食事が与える影響は「35歳まで現役」を掲げる今後のキャリアにも大きな意味を持つと語る。

「海外での試合も増えてきて、食べたいものが食べられないことも多いですし、食事が調整ミスにつながる可能性もあります。30歳に近づいていく自分の体とどう向き合っていくか。減量にしてもリカバリーにしても、これが正解というのはないと思っていますが、少しでも勝つ確率を上げるため、そこは今後も追求していきたいですね」

視線の先には、来春にも計画される他団体王者との統一戦、4団体統一につながる道がある。

世界的な評価が高まり、ファイトマネーも軽量級では群を抜く存在となった。だが、どれだけ周囲が変化しても、井上のボクシングに対する姿勢が変わることはない。井上は常々「1%の違和感を許さない修正力」が大切だと言う。「技術」と「体」。勝利のために、そこから目をそらさない姿勢にこそ、井上の強さが詰まっている。(おわり)

ドネア戦の計量後(写真提供=明治)

計量直後のリカバリー(水分、エネルギー補給)

計量後は経口補水液を飲み、計量会場で父真吾トレーナー手製のすっぽんスープ、参鶏湯雑炊(鶏肉、もち米、雑穀米、きくらげ、きのこ類、野菜類、にんにくと生姜入りの麵つゆにつけた卵の黄身)を完食。そこから時間をかけてエナジージェルを飲み、エネルギーの回復と貯蔵に努めていく

計量後の栄養戦略 (計量1~2時間後に食事)

計量場所(都内)からジムのある横浜に移動してすぐに昼食。メニューは事前にオーダーしており、消化の良い炭水化物中心の食事をゆっくり時間をかけて(30~40分程度)食事をする。体重を戻しすぎないこと(4~5キロ)を意識している

■メニュー

白粥、雑炊、うどん(わかめ、ちくわ、とろろ昆布)、参鶏湯、餅(磯辺焼き)、うなぎ(80gくらい)、牛赤身ステーキ(100gくらい)、果汁100%オレンジジュース、フルーツ(キウイ、いちご)




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