スターバックスコーヒーが今年5月、全国で唯一、店舗がなかった鳥取県に進出した際、1000人が行列をつくり、初日としては過去最高の売り上げを記録、大きな話題になった。そのきっかけになったのが、平井伸治・鳥取県知事(54)の「鳥取にスタバはないが、日本一のスナバがある」というダジャレPRだったのは間違いない。

 ただ、このコメントは、かろうじて「お蔵入り」を逃れた末に、ブレークしたということを先日、平井知事にインタビューした際、初めて知った。この時、生まれたダジャレが、結果的に今年の「鳥取スタバ上陸」のきっかけを生んだと思うと、良くも悪くも人の印象に残る言葉の「力」というものを、あらためて感じた。

 「他にもいろいろ申し上げたが、全部カットされて、残ったのがシャレのところだけでした」。平井知事が、東京キー局の取材を受けたのは、2012年秋。鳥取県のお隣、島根県にスタバ進出が決まり、空白県はいよいよ鳥取だけになったことの感想を、問われたのだ。この時、「鳥取にはスタバはないかもしれないが、ドトールコーヒーは3軒もある」とか、鳥取県は家庭のコーヒー消費量が全国トップクラスであることなど、県のPRをいろいろしたのだというが、結果的にほとんどボツになった。

 我々スポーツ紙も、取材対象には、人々の印象に残るような、キャッチーな言葉を話してほしい。あのダジャレが土壇場で残ったのは、自然な成り行きだったと思う。

 しかし、知事が取材を受けたテレビ局は、鳥取に系列局がなく、知事が放送を目にすることはなかった。実際にはSNSで「話題ワード」として一気に拡散するのだが、鳥取県側が知ったのは、少し時間が経過した後。「どんなインタビューが放送されたか内容も分からなかったが、(話題になった発言に)スナバやスタバが出てきて、どうやらあのインタビューだと気がついた」そうだ。

 このダジャレを受けて昨年4月、鳥取市に「すなば珈琲」がオープン。その半年後、スターバックスコーヒージャパンは、鳥取の「大トリ」出店を県側に伝え、今年5月に開店した。

 ダジャレから生まれたすなば珈琲に至っては、今月、4日間限定ではあったが、東京に初進出。スタバ進出を迎え撃つ際に「大ピンチキャンペーン」を展開した経験から、「今回売れなかったら終売」と、土俵際に追い詰められている森永製菓の菓子「JACK」を崖っぷちから救おうと、「共闘」を持ちかけた。

 同郷の石破茂地方創生担当相が「快挙だ」と喜んだ、鳥取県の企業と、大手菓子メーカーのコラボ実現も、あのダジャレが縁結びになったのだ。

 平井知事は、すなば珈琲の東京進出の際、「鳥取県も崖っぷちなんです」と、本音を漏らしていた。PRをしたくても、予算には当然限りがある。県の関係者からは「いかにお金をかけずにPRできるか」を、考えていると聞いた。そんな意味では、ときにコスプレも辞さない知事そのものが、県にとってはPRのための有力コンテンツになっているようだ(スタバ出店に合わせた観光キャンペーンでは、中東風の衣装を着て、現れた。ご家族にはやっぱり? しかられたそうだが)。

 鳥取県は今年、スタバやセブン-イレブンをはじめ、「ここまで集中するのは珍しい」(担当者)というほど、初出店が続いた。交通網が良くなり、輸送体制に支障がなくなりつつあるのが理由のようだが、それと引き換えに「ない」という、これまでのアピールポイントを、だんだん失いつつあるのも確かだ。それでも、平井知事は「梨を生産している県ですから、『なし』のふるさとです」と、ひるむ様子はなく、2016年もダジャレPRは続きそうだ。