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風車の弥七旅立つ…中谷一郎さん死去

中谷一郎さん

 人気時代劇「水戸黄門」(TBS系)の風車の弥七役などで親しまれた俳優中谷一郎(なかたに・いちろう、本名・中村正昭=なかむら・まさあき)さんが04年4月1日午前9時42分、咽頭(いんとう)がんのため都内の病院で死去した。73歳。「水戸黄門」では69年の放送開始から出演し、99年まで計687本の出演で人気を集めた。93年に大腸がん手術を受け、昨年末に咽頭への転移が判明。今年1月から入院生活を送っていた。

 中谷さんが所属した劇団俳優座によると、中谷さんは昨年11月に咽頭がんが判明した。93年には大腸がんのため12時間の大手術を受けている。今年1月から豊島区の癌(がん)研究会付属病院に入院したが、医師には「手術はしなくていい」と告げ、放射線治療などを受けていた。子供はなく、最期は妻で女優の中村美苗さんらがみとった。亡くなった1日には俳優座の劇団総会が開かれており、その場で訃報(ふほう)が伝えられた。劇団員150人で黙とうをささげたという。

 中谷さんは55年に俳優座に入団した。59年の映画「独立愚連隊」(岡本喜八監督)の軍曹役で人間味豊かな性格俳優として注目を集め、岡本作品のほとんどに出演した。「用心棒」「日本のいちばん長い日」など、存在感のある脇役として人気を集めた。プライベートでは、74年に、交際していた俳優座のスター女優木村俊恵さんが挙式当日に心臓衰弱で亡くなるという悲劇にも見舞われている。同期の仲代達矢(71)の退団後、劇団の中堅として活躍。93年に主演した「タルチュフ」が最後の舞台となった。

 TBS「水戸黄門」には、劇団の先輩で初代黄門役でもある故東野英治郎さんの誘いで参加し、69年8月の第1部から風車の弥七役として登場した。黄門一行が危機に直面するとどこからともなく現れてピンチを救う元忍者、という設定でファンも多かった。レギュラー出演者の中で第1話から出演していた唯一のキャラクターであり、東野さん、故西村晃さん、佐野浅夫の3人の黄門の従者として活躍した。

 93年の大腸がん手術後もすぐに「黄門」の現場に復帰。糖尿病とも闘いながら、弥七役を大事にしていた。しかし体調不良のため99年の第27部までで出番を終え、出演回数計687話だった。昨年12月15日に放送された1000回スペシャルでは、友人と温泉に出掛けて不在という設定で、黄門の回想シーンでかつての出演VTRが使われた。

写真=中谷一郎さん

◆中谷一郎(なかたに・いちろう)
 本名・中村正昭。1930年(昭和5年)10月15日、北海道生まれ。早大を中退し俳優座養成所入り。同期に仲代達矢、宇津井健ら。55年に俳優座入団。主な舞台は65年「ザ・パイロット」81年「神の汚れた手」93年「タルチュフ」など。ドラマは「水戸黄門」以外に「江戸の鷹」、映画では59年「独立愚連隊」70年「戦争と人間」74年「新仁義なき戦い」がある。
葬儀日程
 ▼通夜 4日午後6時から東京都目黒区碑文谷4の21の10の碑文谷会館で。
 ▼葬儀 5日午前11時半から同所で。
 ▼喪主 妻で女優の中村美苗(なかむら・みなえ)さん。


5代目里見黄門「まだ早すぎる」

73年「水戸黄門」で中谷さん(左)と出演者の左から横内正、東野栄治郎さん

 5代目黄門の里見浩太朗(67)は2日朝、京都市の撮影現場に向かう車中で訃報を聞いた。第33部(12日スタート)のロケだった。里見は71年から17年間「助さん」役を務め、02年から黄門を演じている。中谷一郎さんと30年近く共演した里見は「時々電話で話をして元気そうな声が返ってきたので、まさかとは思っていたけど…。まだ早すぎる。とても寂しいです」とコメントを寄せた。この日の現場は「昔一緒にロケに行った場所。しばし、その場で昔をしのんだ」という。

 また、くの一役で86年から共演した由美かおる(53)も「かっこいい、いぶし銀のような魅力を持った素敵な方でした。もう1度、元気になられて一緒にお仕事をしたかったです」と心境をつづった。

写真=73年「水戸黄門」で中谷さん(左)と出演者の左から横内正、東野栄治郎さん


旅仲間が悲しみの声

 うっかり八兵衛役で30年間共演した俳優高橋元太郎(63) 「風車の弥七」がいたから「水戸黄門」が31年も続いたと思います。プライベートでも旅行や食事に連れて行ってもらったり、「兄貴」であり「友人」であり「師」でした。昨年12月の特番の際「出演してください」と電話でお願いしたのが最後でした。自分の死が近づいていることを「心配をかけないように」と誰にも知らせずに逝ってしまったんです。(1日夜、中谷さん宅に行って)優しい顔をしていました。

 3代目黄門(93〜00年)の佐野浅夫(78) (訃報を聞き)一瞬言葉を失いました。中谷さんは水戸黄門の生みの親であり育ての親ともいえる(プロデューサー)故逸見稔さんに「風車の弥七」という役柄で育てられました。その逸見さんの誕生日(4月1日)に、私たちの前から去ってしまいました。この因縁に思いを寄せながら、今私はただただ心から中谷さんの愛称で「ミンクさん、お疲れさま」とめい福を祈るばかりです。

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