山瀬じん帯断裂から復活弾/国際親善試合
<国際親善試合:U−22日本 4−0 U−22ニュージーランド>◇21日◇神戸ウイングスタジアム
切り札が帰ってきた。U−22(22歳以下)日本代表のMF山瀬功治(21=浦和)が、後半13分から途中出場。38分、左サイドからのセンタリングを右足のループシュートでゴール右隅に運び、ニュージーランドにとどめを刺した。右ひざの故障を乗り越え、約9カ月ぶりの代表復帰。五輪世代のエースが、山本ジャパン初出場で結果を出した。試合も4−0で快勝し、チームは来年3月のアジア最終予選へ再スタートを切った。
久しぶりに袖を通した青いユニホームの感触が、山瀬の集中力を研ぎ澄ました。後半38分、左サイドを突破するFW田中の姿を横目に、ゴール前へ駆け上がる。ニアサイドでクロスを受けると、間髪入れずに右足内側で合わせた。焦りも、力みもない。GKの頭上をフワリ越える技ありのゴール。決定機を逃さないエースの仕事だった。
右ひざ前十字じん帯断裂の大けがを乗り越え、昨年8月の御殿場合宿以来9カ月ぶりに戻った日本代表。山本ジャパン初招集だった。山瀬は「点を取れたことが1番よかった。ああ、帰ってきたんだな、と思いました」と笑みをこぼした。出場時間はわずか32分。シュートはチームに4点目をもたらした1本だけ。決して満足ではないが、充実感が全身にあふれた。
五輪出場への意欲が支えだった。全治6カ月の故障のリハビリ期間中、代表招集の可能性を考えて札幌から浦和へ移籍。当初はJ第2ステージ開幕からの出場予定だったが、必死のリハビリで早期復帰を実現させた。「自分自身にとって1年間のブランクは短くない。慌てず、できることとできないことを整理して最大限にやる」。浦和で退団したエジムンドの代役として確実にプレーをこなし、機会を待った。
01年ワールドユース選手権(アルゼンチン)では不動の司令塔だった。今は松井、大久保がエースとしてチームを引っ張り、A代表候補にも入る。「みんな技術、フィジカル、精神的に成長していた」。19日の代表合流後、自分自身を見つめ直すことに努めた。五輪2次予選ミャンマー戦も自分なりに分析。山本ジャパンが求める、試合の流れでポジションを変えて相手を崩す動きを実践できた。
山本監督は「復帰したばかりで長時間起用するのは怖かった。だが限られた時間内で結果を出し、非凡なものを感じる。これで新しい競争が始まる」と評価した。来年3月の最終予選へ。山瀬の復帰とともに、五輪世代が新たな可能性をつかんだ。【山下健二郎】
[2003/5/22/08:47 紙面から]
写真=後半38分、途中出場の山瀬は絶妙なループシュートを決める(撮影・宇治久裕)
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