
2005年6月20日更新
イラン歓喜の夜、そして日本と行くW杯
イラン国営通信・通信記者:ダヴィッド・モクタリ
この国民的な喜びはいったい何なのか? 何十万や何百万のイラン人を躍らせたり、歌わせたり、そして「イラン!イラン!」と叫ばせたりするのはサッカーのほかにはない。2大会ぶり3度目のW杯出場を決めた6月8日の夜は、イラン人にとって最高の夜になった。イスラム国家の厳しい監視の目があったとしても、もう誰もこの国民を止めることは出来ない。これはサッカーに対するイラン人の熱意であり、サッカーを通じて表わされた自国に対する愛とプライドだ。
予想した通り、B組の中で06年W杯の出場権を勝ち取ったのはイランと日本だった。それは筆者がイランと日本を好きだからという理由ではなく、本当にこの両国にはW杯に参加する十分な能力と資格があると思ったからだ。
素晴らしかったのは、イランとバーレーンの試合、そして日本と北朝鮮の試合は、ともに引き分けでもイランと日本は出場権を手に入れることができていたにもかかわらず、両チームとも守りだけに専念することなく積極的に攻撃して、サッカー本来の美しい姿を見せてくれたことだ。
イランは最初から熱狂的なイラン人サポーターの力を借りて、ホームでの3試合を全部勝とうと計画していた。特に6月8日のバーレーン戦を最も意識していた。4年前のW杯予選でこのバーレーンにまさかの敗北をしたために、02年の日韓W杯に行けなかった傷がイラン人の心にずっと残っていたためだ。それで選手もサポーターも皆気持ちを1つにしてバーレーンとの試合に臨んでいた。
現在、世界の国々、特にアジア各国の技術的な差は、以前に比べてかなり小さくなっているような気がする。そうなると、精神的にどう戦うかが勝敗を分けることが多くなる。つまり「絶対にやってやろう」という勝利への強い気持ちだ。
この気持ちの強さがイランの強さの秘密でもある。イラン人はペルシャ人としての誇りを持っている。その誇りは特に近隣のアラブ諸国に対して特に強い。これが原動力になって、特にホームでの試合を勝つ方向に導くのだ。
もっとも、本大会に向けて課題は残されている。イラン・ヴァルゼシ紙で指摘されたように、今回の予選でのイランの決定力不足は深刻だ。相手のゴール近くまでボールを運び込めるにもかかわらず、ゴールを決めることができない。今まではアリ・ダエイという最高のフィニッシャーが何度も大事な場面で決めてくれた。だが、今回の最終予選では3月30日の北朝鮮戦を除く4試合に出場したものの、313分の間に1度も相手のゴールネットを揺らすことはできなかった。
ダエイが、かつてのダエイではなくなっているのは確かだ。だが、常に相手チームから徹底的にマークされていた事実も見逃せない。イバンコビッチ監督は、ダエイがマークされることを利用して、他の選手がフリーになる機会を作ろうとしていたようだ。6月3、8日の北朝鮮、バーレーンとの試合でゴールを決めたのは、ダエイでもカリミでもハシェミアンでもなく、後ろでプレーすることが多いレザエイとノスラティだった。イランの有名な攻撃陣に相手のマークを集中させ、スペースが生じた時に、後ろの選手が攻撃に加わりゴールにつなげる。こういったゲームプランが、見事に当たったと言えるだろう。決定力不足の問題は必要以上に悲観的になるのではなく、そういった戦術面からも分析される必要があるかもしれない。
この決定力不足に関しては、日本も同じ悩みを抱えているようだ。アジアのサッカーチームが世界レベルを目指すならば、どういう形にせよ、この部分を克服する必要があるのではないかと思う。
バーレーンとの試合があったテヘランのアザディ・スタジアムでは試合後、イラン人サポーターがイランと日本の国旗を手にして大喜びしていた。日本と北朝鮮の試合は現地でも生中継されており、日本の勝利にイラン人サポーターが日の丸を振っていた姿は、日本にもテレビを通じて少し流れた。イラン人の多くは、日本とイランが一緒にドイツに行けることになって喜んでいると思う。前回のコラムで「日本と北朝鮮の試合なら、ほとんどのイラン人が日本を応援するんだけどな」と書いたけど、それは、その映像から分かってもらえたと思う。
イランの別名はペルシャだ。ペルシャと日本は飛鳥時代からシルクロードを通じて様々な交流があった。一般的にはあまり知られてないかもしれないが、両国は文化的に深いつながりを持ち、生活習慣も似ている点が多い。また、戦後の日本人がゼロに近いスタートから、頑張って自国の復興を成功させたのも、イラン人は尊敬の目で見ている。イラン人サポーターの行動は、その気持ちの現われだったと言えよう。
最後にもう1つ。前回のコラムでは、3月30日のイランと北朝鮮の試合、テレビ中継の日本人解説者がなぜか北朝鮮を応援していたことにがっかりした、ということも書いた。すると、その後、日本の方から何通かメールをいただき、知り合いの日本人からも声をかけられた。そのほとんどが「自分はイランを応援していたし、多くの人がそう思っていたはず」といったものだった。
ありがとう。
皆さんの気持ちはよく分かったし、すごく、うれしかった。今では、たくさんの日本人が、あの時、イランを応援していてくれたと信じている。きっと、その解説者、あるいはそのテレビ局だけが、多くの日本人とは違う考えだったんじゃないかな、と思うようになった。
写真は前日練習でも盛り上がるイランサポーター【撮影:山下健二郎】
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ダヴィッド・モクタリ(Davoud Mokhtari)


1963年、イラン・テヘラン生まれ。イラン国営通信の東京駐在の通信記者。86年に来日し、東洋医学などを学んだ。現在は通信記者として東京発のニュースをイランに送っている。日本語は堪能で、今回の原稿も、すべて日本語で執筆している。著書に「イラン・ジョーク集(笑いは世界をつなぐ)」(青土社)。
|