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氷の壁を時速150キロで旋回するボブスレー競技は、モータースポーツのF1に似て、F1よりもはるかにスリルがある。
昨年、長野スパイラルで、日本ボブスレー連盟の協力で乗せてもらった。
5Gから6Gという強烈なGで押しつけられ、約1分間、息もできないありさまだった。
ゴール通過時には半分失神し、僕が引かなければならないブレーキレバーの操作が甘くて、もう少しでコンクリートの部分にはみ出し、悪くすればそのまま空中へ放り出されれるところだった。
パイロット(2人乗りマシンの前席で操作する係)がベテランで助かった。
ボブスレーは映画「クールランニング」でも有名だが、これはすごいスポーツだと思った。 すごい連中だと思った。
その手ほどきをしてくれた瀬間貴浩さん(31)から「聖徳太子が200人ほど必要になりました」というメールが来た。
トリノ五輪が近づいてくる。
華やかな国際競技を日本で開いてもらえるスポーツもあれば、海外に出て行くことすら大きな困難を伴う種目もある。
瀬間さんは群馬・富岡の出身で、円盤投げではいまだに現役、昨年の関東選手権でも優勝した。
4年前にボブスレーの選手公募に応募し、ナショナルチーム入りした。
代表は固定せず、毎年基礎能力などのテスト(オーディション)を繰り返して、その時点での最強選手で組んでいく。トリノを目指す今シーズン、瀬間さんは教員試験との日程が重なったこともあり、円盤投げを中断した。ボブスレーにかけた。
つい先日、新しいナショナルチームの候補が発表され、瀬間さんは選ばれた。
しかし、即五輪代表というわけではない。
日本選手団に入るには、JOCが各競技団体に割り当てる「参加人数割り当て」をボブスレーが獲得しなければならないし、その人数も関わってくる。
それ以前に、日本チームがW杯で五輪出場権(枠)を獲得してこなければならない。
W杯の12月末日までの4大会の成績で(2人乗り、4人乗りで若干異なるが)24位以内に入らないと、五輪には出られない。
ナショナルチームはまず、その4大会に出場する。
「それが」と、瀬間さんは苦笑する。
遠征旅費は原則的に自費で、さらにマシンの運搬費用もチーム内で割り勘となる。米国へ運ぶのに、1台でファーストクラス並の料金が必要で、3台で200万円。これに自分たちの交通費や生活費を加算すると、安く見積もっても男子5人女子3人の1人当たりの分担費用が200万円。
米国、カナダ、オーストリア、イタリア。この4戦で五輪出場権が決まる。
日本は札幌五輪で12位に入ったのが最高で、以後は低迷が続いている。無理からぬ話で、練習しようにもコースが長野スパイラルしかない。コース整備費用の関係で、冬のごく限られた時期しか使えない。国際大会や強化試合を開く余裕も、メディアのサポートもない。
ちなみに、マシン運搬費を節約するために、ヨーロッパには日本チームのそりが置いてあるそうだ。賢い、かっこいい。ただし、置いてあるくらいだから、そのマシンは古い。長野五輪用の旧型だと聞く。日進月歩のハイテク・マシンが疾走する中で、日本のマシンはクラシックだ。
東海大の陸上競技トラックに、おもりを乗せた奇妙な手押し車が置いてある。
これが、瀬間さんの練習道具だ。
ふつうの人では動かせないくらい重い。これを、ガラガラとスタートダッシュしては50メートルほど押す。それを繰り返す。雨の日も、風の日も、ひたすらスピードとパワーをアップするために、押す。
一方のパイロット役の選手は、ひたすらビデオを見て、イメージを体に染みこませる。
単純だ。というより、欧米の選手のような練習ができないのだ。
それでも「五輪という夢にかけるのが、選ばれた者の義務」と、ガラガラ、ガラガラと押す。遠征負担費200万円の金策に、個人で飛び回る。
こういう挑戦もある。
こういう五輪もある。
いや、むしろこうした姿こそが五輪の真実で、スポーツの現実なのだ。
資金に苦しむこともそうだが、それに負けまいと必死で頑張っている。逆境に立ち向かっている。それが、多くの競技の「瀬間さん」の日常で、夢なのだ。
スポーツの99%は、そういうありさまであって、テレビや雑誌で紹介される華麗な「有名選手」の姿は、ごく限られた一部分で、特殊な姿なのだということを、知って欲しい。
出来るなら、ボブスレーにも、愛の手を。
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後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、59歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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