「さあ、いよいよ全米オープンだ!」

とはならないのが日本人である。

 メディアのプロモーションや、ちょうどゴルフシーズンの始まりという時期的な問題もあるだろうが、日本人にもっとも人気なメジャー大会は、マスターズである。しかし、本国アメリカではマスターズよりも、全米オープンのほうがより“熱”は高い。

 昨年、全米オープンの取材を兼ねてワシントン州シアトル近郊のチェンバースベイGCを訪れた。大会の1週間前ともなると、ゴルファー間ではその話題で持ちきりだ。特にフィル・ミケルソンのキャリアグランドスラムの話題はプロアマ問わず関心が高い。

 全米オープンの人気要因の1つに、コースの難易度が挙げられる。同大会では「全米オープンスタンダード」と呼ばれるUSGAの厳格な管理のもと、優勝スコアがよりイーブンパーに近づくようにコースセッティングがなされる。

 コースセッティングに対する注目度の高さは、USGAエグゼクティブディレクター兼コースセットアップ責任者であるマイク・デービスが大会前に連日テレビで開催コースのセッティングについて説明する姿が何度も映し出されることからもうかがい知ることができる。


●規格外のラフとグリーン


 「全米オープンスタンダード」の特徴は長く重いラフと硬く速いグリーンだ。一度ラフにつかまれば、そこから挽回することは非常に困難だ。世界屈指のパワーや技術を持ったトッププロでさえ、出すことに専念せざるを得ないほどである。実際にコースを歩いたが、まるで「ニラ」が群生しているようだった。

 また、グリーンのコンディションも非常に難易度が高い。

 昨年行われたチェンバースベイGCのグリーンは、大会後に選手から怒りの声が上がるほどだった。練習日からチェックしていたが、グリーンが硬く速い上に、大きなこぶやすり鉢のようなアンジュレーションが予想もできない転がりを生み出していた。ここまでは例年の「全米オープンスタンダード」の想定の範囲内だが、採石場の跡地に建設され、さらにコースが設立から間もないため芝がうまく育たずグリーンに雑草が発生し、飛び出した雑草の影響で転がりが不規則になっていた。“アンジュレーション(傾斜)”がきついコースはいくらでもあるが、それに加え“イレギュラー(デコボコ)”なグリーンが選手たちを悩ませた。

13日、全米オープンの練習を終えたダスティン・ジョンソン(AP)
13日、全米オープンの練習を終えたダスティン・ジョンソン(AP)

●優勝を左右したのはグリーンだった


 1打差で優勝を逃したダスティン・ジョンソンも、イレギュラーに翻弄されていた。

 彼は大会前から優勝候補筆頭のひとりだった。国内では“DJ”の愛称で親しまれ、メジャー初制覇を待ち望まれていた。

 ジョンソンはその期待に応え、初日を65で回り最終日でも最終組に入り、首位でハーフターンをする。しかし、バックナインで失速し、先にホールアウトしたジョーダン・スピースに1打差をつけられ最終、604ヤードのパー5を迎える。D・ジョンソンは第2打の247ヤードを5番アイアンでピン奥4メートルにつけて、この大会でもっとも大きな歓声が沸き起こる。

 しかしこの下り傾斜の厳しいイーグルパットを1・5メートルオーバー、さらに入れればプレーオフの返しの上りフックラインを外す。外れたボールはカップを10センチほど過ぎて止まった。


●10センチはジャストタッチではあるが


 この10センチがD・ジョンソンの敗因だ。「左にボールが跳ねたように見えた」と本人がホールアウト後語ったように、勢いの弱いボールがグリーンの凹凸の影響を受けたのだ。

 特にD・ジョンソンの場合、最終組で最もカップ周りが踏み荒らされた状態である。さらに上述した通りイレギュラーの発生しやすいグリーンだ。その情報をアップデートしたうえで、上りのフックラインを攻めのタッチで打つことができなかったのである。

デーブ・ペルツ氏主宰のスクール
デーブ・ペルツ氏主宰のスクール

●もっともカップインの確率が高い“黄金の距離感”


 D・ジョンソンのパッティングを見て、フィル・ミケルソンやミシェル・ウィーの指導歴もあるショートゲーム専門家、デーブ・ペルツが主宰する「デーブ・ペルツ・スコアリングスクール」に参加したときのことを思い出した。

 パッティングの指導をする際にカップの40センチほど奥にクラブを置き、そこに止まるようにタッチの練習をさせる。短い距離でもタッチを合わせることの難しさを実感できる練習だ。

 「カップを17インチ(約43センチ)過ぎたところで止まるよう打つのが、グリーンの状態に影響を受けない最もカップインの確率が高いタッチだ」

 NASA(米航空宇宙局)の研究者であったペルツが数々の実験で生み出してきた定量的なデータはゴルフレッスンの域を超え、学問であった。

デーブ・ペルツ氏(右)と筆者
デーブ・ペルツ氏(右)と筆者

●曲がり幅より距離感ミスで損をしている


 アマチュアはグリーンを読む時に曲がり幅ばかり考える事が多いのではないか。しかしラインというのはボールが転がるスピード次第で変わる。当然強く打てばラインが消えるし、弱いと膨らむ。タッチが決まらないうちに曲がり幅を読むのは順番が逆だ。まずはスピードのイメージを持つこと。そしてそのスピードならどれくらい切れるのか、という視点でラインを読んでみてほしい。

 今年もまもなく、300ヤードのパー3と210個のバンカーが特徴のオークモントCCで全米オープンが始まる。昨年“ジャストタッチ”で優勝の可能性を逃したダスティン・ジョンソン。プラス43センチを攻める勇気を持てるかどうかが、新たなアメリカンヒーロー誕生の条件になりそうだ。

 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招聘し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログhttp://hiroichiro.com/blog/

(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)