母校・佐野日大(栃木)を指揮する元阪神の麦倉洋一監督(50)は「試合で采配を振るのが監督だと思っていました。でも、現実は違いました」と、17年春の就任当時を振り返る。「靴が脱ぎっぱなしだぞ。ロッカーが汚いぞ。こんなことで怒ってばかりですよ」と笑う。高校野球は、外と中とでは見方が全く違った。

母校・佐野日大の監督に就任してからの4年半を振り返る・元阪神の麦倉監督(撮影・保坂淑子)
母校・佐野日大の監督に就任してからの4年半を振り返る・元阪神の麦倉監督(撮影・保坂淑子)

「俺は悔しいよ。こんなにいい人間が集まって、いいチームにしようとしている時にこんなことが起こるなんて。悔しい!」。19年秋、選手たちの前で涙で声を上げた。2年生が、規律を守っていなかった1年生に暴力を振るった。チームは3カ月の対外試合禁止の処分。すぐにミーティングで語りかけた。「何が理由であれ、暴力は一番悪いんだ。本当に悪いと思ったら謝りなさい」。上級生は素直に下級性に頭を下げ、仲直りの握手を交わした。

麦倉監督もまた「俺たち指導者が悪かったな。お前らのことを見てあげられなくて…」と頭を下げた。周囲の批判にも矢面に立った。「こいつらがちゃんとするまで指導させてください」と頭を下げ続けた。「しんどかった。でも、ここで頑張ろうと集まってくれた子どもたちだから、何とかしたかった」。正しい方向に導き卒業させるのが務めと覚悟を決めた。

これを機に本格的なチーム改革を始めた。全員に聞き取り調査し、選手の本音に耳を傾けた。厳しい規則を廃止。丸刈りをやめ髪形は自由に。携帯電話に、コンビニでの買い物も許可した。月に1度は帰省日をつくり、リフレッシュの時間を与えた。「社会に出たら自己責任」と教えた。

佐野日大の麦倉監督が日々、気になったことを書き留めたメモの数々(撮影・保坂淑子)
佐野日大の麦倉監督が日々、気になったことを書き留めたメモの数々(撮影・保坂淑子)

自らも勉強を重ねた。いいと聞いた指導者の元に積極的に足を運び、話を聞いた。本も読んだ。気になった言葉はメモをとる。今秋から月曜日はミーティングだけにし、メモを題材に話をする。プロ野球選手、高校野球の指導者、他種目のスポーツ選手、政治家、ガンジーの言葉まで。「まずは野球じゃない。子どもたちのやる気にいかに火をつけるか。心からです。我々が行き着くところは、そこじゃないかな」。現在、選手アンケートには素直な気持ちが紙いっぱいにつづられ、最後には「甲子園に行きたいです」と力強く書くようになった。

4年半を振り返り「高校生を見る目が違いました」と話す。就任前は高校生を野球人として捉えていた。「でもそれは違う。何も知らない高校生。人間が成長していく上で必要なことを教えなければ」。私生活を徹底し、野球は基礎と継続を根気強く教えている。

高卒でプロ入りし、引退後、社会人で苦労した経験も踏まえ、選手たちには大学進学を勧める。「大学にも違う世界がある。その経験をしてからプロに行かせたい」。高校野球の監督として、選手と向き合い感情をさらけ出し熱く指導する。その目は、輝いていた。【保坂淑子】

(明日は拓大紅陵・和田監督)