ヤクルトつば九郎の“燕生”を語る上で、欠かせない存在がいる。ヤクルトOBの日刊スポーツ評論家・宮本慎也氏(51)だ。2000試合出場の節目を目前に控え、つば九郎が「人生の師」と尊敬する“6さま”が思い出を振り返った。

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つば九郎、おめでとう。もうすぐ2000試合出場と言っても、ヨイショはしないよ。

最初、球場で(阪神マスコットの)トラッキーがすごいおもしろい動きをしているのを見たことがあった。バックネットにしがみついたり、ヒーローインタビューで選手にちゃちゃを入れたり。それで「つば九郎も、もっと前に出て目立っていいんじゃない?」って馬場(敏史)さんと言ったことがあったね。

(中日の)ドアラもそうだけど、アクロバットなマスコットが主流だった時。つば九郎は、全然動けないけどね。アイツ、普段すごく面白いキャラクターだから。もっと、いろいろやったらいいのにと思っていた。ネタも「そこに踏み込んでいいの!?」って驚くようなところを突っ込んだりする。ブラックな感じのところが、面白いよね。正当なお笑いは取れないでしょ。

感謝しているのは、現役引退のときに作ってくれた動画だね。こっそり撮りためていた写真を、たくさん使ってくれて。引退試合でセレモニーのあと、退場してから流れた動画だったから、最初はスクリーンで流れたことを知らなかった。後日、知り合いから聞いて動画を見てみたら、ちょっと感動的だった。家族も喜んでくれて。「家族がみんな感動したから、100点あげるよ」と初めて褒めました。今でも印象に残ってますね。

ヤクルトにはスター選手がたくさんいる中で、僕に絡んでくれたこと、感謝しています。2000試合は節目だけど、生きている限り記録の更新は続くでしょうから。体に気をつけてください。あんまり、飲み過ぎないようにね。

現役時代、毎年恒例の松山でしていた自主トレを見に来たことがあった。それで、一緒にパトロールに誘って。その時、ベロベロに酔っぱらったんだよね。コロナ禍が落ち着いたら、パトロール再開してもいいんじゃない? 俺は、いつでもいいよ。(この項おわり)

<6さまとつば九郎ヒストリー>

◆08年7月 つば九郎1000試合連続出場を達成。記念セレモニーで、宮本氏と青木が花束を贈呈。

◆10年7月 ベンチの上に台を置き、その上につば九郎人形を飾ったところ連勝。

◆12年12月 FA宣言して22社からオファーを受けたつば九郎に対し「出ていきたきゃ、出ていけという感じ。僕もFA持ってちょっと考えた時期はありましたけど、軸がぶれなければすぐ決まると思う。それをダラダラやっているので、出ていってもらってかまいません」と発言。結果は宣言残留。

◆14年11月 東京全域訪問活動「つばさんぽ」で一緒にトークショー。

◆18年1月 ヤクルトのヘッドコーチに就任。つば九郎は「ふたりっきりだと、やさしいんですよ」とでれでれ。19年シーズン限りで退任も「まってます」とラブコールを送る。

宮本慎也氏サイン入り色紙
宮本慎也氏サイン入り色紙