高校野球の地方大会が7月末で終わった。球児にとって短くもあり、長くもある濃密な3年間。日刊スポーツで「1年目の夏」を体感した新人記者が、盛夏を振り返る。

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「KOMATSUに当てたゴジラみたいだ」。6月中旬、京都・宇治市の山上にある京都翔英の練習場で4番と投手でプロ注目の小笠原蒼(そう)内野手(3年)の存在感が目を引いた。風格のあるどっしりとした体格に、りりしい眉が特徴だ。打撃練習は右翼フェンスを越えることが当たり前。それは、当時ヤンキースに在籍した松井秀喜氏の「KOMATSU」看板直撃弾のようだった。練習でのこだわりを聞くと、説明は30分を優に超え、研究熱心だった。

7月21日、京都大会の乙訓戦で勝利し、跳び上がってガッツポーズする京都翔英・小笠原
7月21日、京都大会の乙訓戦で勝利し、跳び上がってガッツポーズする京都翔英・小笠原

愛知・豊田市出身で「甲子園で大阪桐蔭を倒したい」と親元を離れ、同校に入学。私もこの春初めて同じ愛知の親元を離れ、野球留学をする選手を目の当たりにした。聖地にたどり着くために家族と離れて戦う心の強さに、覚悟が見えた。体格が大きい理由を聞くと「中学までお弁当は、お母さんに『無理』って言われつつわがままを言って、食べたいメニューを頼んでました。冬場は魔法瓶に『今日はみそ汁』とか『コーンスープがいい』って言って」。その話しっぷりに、こちらも思わず笑みがこぼれた。

母雅代さん(51)はほぼ毎試合、愛知県から車を走らせ、そろいの「SHOEI」ポロシャツに身を包み、応援に駆けつける。「“長い夏”にしてもらいたい。蒼は(英国のバンド)『ディープパープル』の演奏が好きで、紫色の靴下をはいてきました。前の試合は本人の好きな『たけのこの里』柄で」。応援の形は、声援を送るだけでないと学んだ。勝利を祈った母の言葉通り、同校は7年ぶりとなる決勝進出の快進撃となった。

主砲は一時不調と話していたが「ここまできたら形じゃない。何でもいいから振って調子を上げられたら。ずっとみんな練習を手伝ってくれたので」。ゴジラの思いは、前田雅大監督(31)にも届く。「小笠原はつなぎで、本人が自分だけがというタイプでなく、みんなのためにっていう気持ちで取り組む。僕の好きなところですね」。みんなにつなぐ4番が迎えた決勝で、同バンドの曲のリズムに乗って、大会1号を放った。サヨナラ負けで聖地に届かなかったが、雅代さんは「あの曲の応援は蒼が小学生の頃からの夢でした。吹奏楽部さんに感謝です。このメンバーの決勝は、甲子園出場以上にかけがえのない価値のある一戦で、私にとっては十分に“長い夏”でした」。

記者最初の夏に巡り合った、聖地を追いかけた親子のドラマ。ユニホームを着た球児のように心を燃やし続けた1カ月だった。【中島麗】

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110キロの体重を乗せ、右翼スタンドへと伸びる打球に衝撃を受けた。和歌山大会2回戦で南部高龍神分校の3番打者で主将の上村凌賀内野手(3年)の1発だった。

7月19日、和歌山大会の箕島戦で生還する南部高龍神分校・上村(右)
7月19日、和歌山大会の箕島戦で生還する南部高龍神分校・上村(右)

私は約1カ月間、大阪、兵庫、滋賀、奈良、和歌山の高校野球を取材し、その中で特に印象に残っているのが、この南部高龍神分校だ。試合後に上村内野手に話を聞き、興奮気味にキャップに報告したことを覚えている。高校通算は驚異の26号で、学校のある田辺市龍神村出身。「村の方がたくさん応援に来てくれたので力になりました」と話す無邪気な笑顔に、「多くの人に知ってもらいたい」という気持ちがあふれた。その後、慌てて学校や田辺市役所などに電話をかけ、龍神村の情報を集めた。

そして彼らは初戦突破で終わらなかった。人口2800人、高齢化率45%、全校生徒は23人という村の分校が、シード校を破って8強入り。彼らが専用グラウンドでひたむきに汗を流した成果だった。

8強入りにはエース山本晴投手(3年)の好投と強力打線があった。山本は最速136キロの力強い直球と落差の大きいスライダーで準々決勝までの3試合完投。打線は上村を中心に1試合平均11安打。23日の準々決勝では準優勝した和歌山北に7-16で敗れたが、最終回に1点を返し、ベンチからは「まだまだいけるよ」という言葉が響いた。9点差も「このチームなら本当にいけるかもしれない」と思わせてくれた。

中心選手の山本と上村はともに龍神村出身。龍神中では1学年20人ほどだったが、同校に進学したのは3人。全員が村外の高校へ進学することもあるという。だからこそ「野球で村を盛り上げたい」という決意は固かった。準々決勝には村から300人が訪れ、熱い声援を送った。村民の「みんな龍神村の孫やから」という言葉に目頭が熱くなり、高校野球の力を肌で感じることができた。

和歌山では7月15日に智弁和歌山が初戦敗退し、全国各地でも強豪校が次々と敗れた。だが、勝者の努力を想像すると安易に「波乱」や「奇跡」という言葉を使っていいのだろうかと悩んだ。インターネット中継を通して全国の試合を見られるようになった今、球児を長年見てきた地元の方々の思いを伝えるためには、記者が自らの目で見て、直接取材しなければならないと改めて感じた。【村松万里子】

(この項おわり)