今月上旬、オリックスがキャンプを張る宮崎・清武に行く機会があった。恥ずかしながら初訪問。キョロキョロしていると見知った人物が通った。能見篤史だ。昨オフ、阪神を自由契約になり、オリックスがコーチ兼任で獲得している。

「久しぶりですな」。遠くからそう声を掛けると「あれ? 何してるんですか。ここで。宜野座に行かなくてもいいんですか」と笑顔で返してきた。なんとも涼し気な様子は相変わらずである。

その能見がNHKのインタビューに応えているニュースをたまたま見た。「打たれたりピンチのときに表情を変えないようにしています」。現役としてはもちろん、若手を指導する際にもポイントにしている点のようだ。独特なクールな表情を思い出し、納得した。

22日、宜野座で行われた阪神-広島の練習試合は軽く4時間を超えるロングゲームになった。しかし長い試合の流れは最初のワンプレーで決まったのではといえば言い過ぎだろうか。

完全復活が期待される藤浪晋太郎の立ち上がり。先頭打者・田中広輔の当たりは三塁よりの投ゴロだった。これをさばいた藤浪だったが送球が一塁ベンチ寄りにそれた。陽川尚将がなんとか捕球し、刺した。

なんということのないプレーに見えるが長く野球を見てきた立場で言わせてもらえば、一瞬、ひやりとさせる場面でもあった。いきなりの送球ミスで走者を出すのは誰が投手でもよくない。藤浪自身「危なかった」と感じていてもおかしくないところ。しかしまったく表情を変えず、平然とした様子で次打者に向かっていった。

投手は“繊細な生き物”とされるが特に藤浪はそうだと思っている。ずばぬけた身体能力を持ち、高校時代から誰もが認める実力を見せながら、ここ数年は制球難を課題にしている。その原因がメンタルか技術かという問題は別にして、ピンチでも表情を変えない精神力が好投に必要なのは能見が言う通りだ。

そして藤浪は落ち着いていた。その結果がこの日の好投に結びついたのではと思った。このキャンプで藤浪は好調である。それが自分を落ち着かせているのか。落ち着いているから好調なのか。どちらでもいいのだが、公式戦でもどっしりと落ち着いたこんなマウンドを見せてくれれば虎党の楽しみがグッと増えるのは間違いない。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)

阪神対広島 1回表広島無死、田中広をゴロをさばいた藤浪の一塁送球がそれ、陽川がなんとか捕球しアウトとする(撮影・清水貴仁)
阪神対広島 1回表広島無死、田中広をゴロをさばいた藤浪の一塁送球がそれ、陽川がなんとか捕球しアウトとする(撮影・清水貴仁)