渋川青翠の萩原琉偉投手(2年)が「病み期」を乗り越え、強く生まれ変わった姿をこの夏披露する。

巨人戸郷をほうふつとさせる右腕を大きく後ろに引くフォームから最速135キロの直球を打者の内角に投げ込む。「腕を上げるタイミングなど自分に合うものを参考にしている」と昨年の最多勝投手をベースに自分の投球を作り上げる。「とにかく強気で」というピッチングスタイルも武器だ。

だがこの武器の裏には自身が経験した「病み期」がある。昨年11月、人間関係が原因で約1カ月学校に行けなかった。学校に行こうとしても、人目を気にするあまり電車やバスに乗れば手が震えた。自宅から最寄り駅まで両親に送ってもらっても不安で涙が止まらず、車から降りられない日もあった。「1週間くらい家から出られなかった。家から出られても誰とも目を合わせたくなかった」と振り返る。

だが自室で過ごす日々でも常にボールを触り、YouTubeで野球の動画を見ていた。「何で休んでるんだ。負けてられない、練習しないと」。とにかく大好きな野球がしたかった。自宅を飛び出し通信制の高校に通う親友と地元のグラウンドでキャッチボールやウオーキングを開始。清水哲也監督(43)やチームメートから「お前がいないと勝てない。辞めたら後悔する」というエールもあり12月下旬にチームに復帰した。

周囲との体力差を感じ必死に練習した。毎日の自主練習に加え、人目のつかない階段で瞬発力を身につけるべく黙々とジャンプ系の練習をした時もある。「あの病み期があったから強くなれた」と笑顔で話す。人間関係の悩みも笑い飛ばして解消した。

「私立に勝って甲子園に行きたい」と渋川青翠に進学。満を持して迎える夏、弱気の虫はもういない。帽子のつばの裏にも「強気」と書き込む。「どこが相手でも強気で」と7月9日に控えた藤岡工との初戦へ意気込む。生まれ変わった萩原が強敵ぞろいの群馬で、マウンドから打者の懐に次々と飛び込んでいく。【黒須亮】

◆萩原琉偉(はぎはら・るい)2006年(平18)10月31日、群馬県沼田市生まれ。小1から白沢ベアーズで投手として野球を始める。白沢中軟式野球部で沼田市の選抜チーム「NBA」に選出される。渋川青翠では1年夏からベンチ入り。趣味は海釣り。175センチ、65キロ。右投げ右打ち。