今年も「ミッドサマークラシック」と呼ばれるオールスターの季節がやってきた。今年で第93回と歴史を重ねてきた年に1度の豪華な祭典は、今年はシアトルで3度目の開催となる。
筆者は、前回シアトルで開催された2001年のオールスター戦に行っているため、当時のことが懐かしくよみがえってくる。あのときのオールスター記念Tシャツもいまだに1度も袖を通さず大事に持っているし、パンフレットもまだ取ってある。
01年といえばマリナーズに入団したメジャー1年目のイチローが新人王とMVPをダブル受賞するほどセンセーショナルなシーズンを送った年。あの年のオールスター戦の分厚い雑誌のようなパンフレットの表紙を飾ったのもイチローだった。試合前の選手紹介では、場内アナウンサーがイチローの名前をコールするとスタンドのファンから大きな歓声とスタンディングオベーションが起こりスタジアム全体が盛り上がった。イチローはア・リーグのリードオフマンだったためチームで真っ先に紹介されたのだが、ア・リーグのトーリ監督(ヤンキース)と相手ナ・リーグのバレンタイン監督(メッツ)とあいさつを交わし合う様子は、まさに「雄姿」という印象だった。
試合では1回の第1打席にナ・リーグ先発のランディ・ジョンソン(当時ダイヤモンドバックス)から打った打球が一塁へのゴロとなり、ベースカバーに向かうジョンソンとのスピード競争を制して内野安打を決めたシーンは、オールスターの名場面として今も米メディアで目にすることがある。
イチローはその後、10年連続球宴に選出され2000年代のオールスターの常連となった。試合前に監督のスピーチが行われた後、チームを鼓舞するための選手代表のスピーチをしたのがイチローで、それは10年間恒例になっていたという。スピーチの内容は「Fワード」などのスラングを使ったかなりはっちゃけた内容だったそうだが、選手たちを勢いづけるには効果的だった。同じくオールスターの当時の常連だったレッドソックスのデービッド・オルティスは後に「ア・リーグが勝てたのはあのスピーチのおかげ」と語っているほどだ。実際、01年から09年までア・リーグは9年連続で負けなかった。
あれから22年、エンゼルス大谷翔平投手が3年連続でオールスターに選出され、華麗なる経歴を築きつつある。イチローがレジェンドとなった頃には、再びそのような日本人選手が登場することになるとは思いもよらず、感慨深いものがある。(敬称略)
【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「水次祥子のMLBなう」)




