ハンク・アーロン氏は1974年(昭49)の日米野球で来日し、ソフトバンク王球団会長との本塁打競争に臨んだ。日刊スポーツ評論家の和田一浩氏(48)が、貴重な連続写真から通算755本塁打の極意を探る。10本-9本で制したアーロン氏は、当時40歳。「王は素晴らしい打者。ここで打ち合ったことは一生光栄に思うだろう」との粋なコメントを残している。

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まさかハンク・アーロン氏の連続写真があると思わなかったし、解体新書で私が解説するとは思ってもみなかった。もちろん、現役でプレーしている姿を見たことはないが、ホームランといえば日本では王さん、メジャーならアーロン氏。私ごときが解説するのは恐縮の極みだが、一生懸命に見ていきたいと思う。

余分な力を入れず、自然体に見える<1>だが、しっかりと考えて構えているのが伝わってくる。やや左肩を内側に入れ、右股関節の部分のユニホームに、斜めのシワが入っている

のが見えるだろう。あらかじめ左肩を内側に入れるのは、立ち遅れないための準備だし、ユニホームにシワができるのも、しっかりと軸足に体重を乗せている証拠。ホームラン競争での打撃だが、向かってくるボールに対し、立ち遅れないようにしっかりと準備ができている。

<2>~<4>にかけての動きが素晴らしい。<2>でバットを体の右斜め前方に傾け、そこからヘッドを頭の後ろに入れるように動かして<4>のトップの形を作っている。ここまでの下半身の動きも、上半身の動きと合わせて見てほしい。グリップの位置は後方に残ったまま、小さくステップを踏んでいるが、<4>でも軸足に体重が残っている。上半身と下半身でしっかりとした「割り」が作れている。ハンク・アーロン氏といえばホームランが代名詞だが、安打数もメジャー歴代3位の3771安打。通算打率3割5厘をマークするだけの技術力がうかがえる。

さらにすごいのは、<5>から<9>までの高めの打ち方。これはホームラン競争での打撃で、実戦でのピッチャーの球ではない。そのため、打っているのは高めの“くそボール”。しかし、<5>で少し左肩が上がっただけで、<6>では左腰が上がっていない。高めの球を打とうとすると、腰が伸び上がり気味になりやすいが、逆に下半身を下に抑えるように使えている。

<7>では左脇を空け、ヘッドを後方に残したままグリップを投手側に出している。高めの球だけに、ここでヘッドを落とすようにして下からかち上げ気味のスイング軌道だが、ここから<8>から<9>で一転してバットのヘッドを上からかぶせるようにして球をつかまえている。このようにして下から上にヘッドを使えると、遠心力が加えられるし、バットをしならせて使える。だからボールを強くたたける。

高めの球を打つときに「上からたたいて打て」と指導する人がよくいる。一方で「高めはただでさえ高いんだから、高めを上から打つのは不可能。高めは下から打つんです」と言う人もいる。どちらが正解だろうか? 答えはどちらも間違っているし、どちらも正解でもある。正しくは、下から打ちにいって、上からヘッドをかぶせるように打つ。この連続写真を見れば一目瞭然だろう。

高めの球を、これだけうまく打てるのだから、ホームランを量産するのは当然だろう。<10>から<12>までのフォロースルーの動きでも、左足の内側に力強い「壁」ができている。強靱(きょうじん)な下半身を持っている。上半身の使い方も、終始グリップが体から離れないで使えていて、パワーがロスしない打撃フォームを実践している。球史に名を刻む偉大なバッターだったことは、この連続写真の中でも証明されている。