3月31日、パ・リーグ開幕戦の日本ハム対西武戦。8回裏1死一、二塁の場面で、ホームの大歓声に迎えられ、日本ハム大谷がチャンスの打席に立った。

 1ストライクからの2球目。外角いっぱいだが、ベルトの高さにストレートが来た。球速は139キロ。当然、打ちにいく。しかしそのバットは、ボールの下をくぐり、空を切った。

 よくある空振り。見過ごしてしまいそうな場面だ。だが大谷は開幕カード3試合で、12打数8安打1本塁打と猛威を振るった。その間、4シームの直球を空振りしたのは、結局この1球のみだった。

 しかも追い込まれ、際どいボールへの対処を強いられたわけではない。西武先発菊池による内角攻めを生かした、炭谷の巧みな配球もあるにしても、なぜ簡単に空振りしたのか。

 球速160キロに迫るわけではない。牧田のように、下手投げから浮き上がる軌道というわけでもない。

 そんな「1球」の主は、西武の中継ぎ左腕、武隈祥太投手(27)。「え、オレ、なんかしましたっけ?」ととぼけてみせる。

 ひょうひょうと投じる、一見何の変哲もなさそうな130キロ台の直球。実は「パ・リーグナンバーワン」の球質を秘めている。

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 受けた炭谷は評する。

 「キレが他の投手とは違います。伸びてくるし、重さもある。直球がギュッと来る分、チェンジアップとの相乗効果が大きい。昔、140キロ前後の直球で押しまくっていた杉内さんも、こういう感じでした」。

 特異な球質は、数字でも証明されている。弾道解析システム「トラックマン」による計測で、武隈の直球のバックスピン量が、パ・リーグではトップであることが明らかになった。

 球団の方針で具体的な数字は非公開。だが「毎秒45回転前後」と言われる、侍ジャパン先発の一角ロッテ石川や並外れた直球の伸びを持つ阪神藤川ら、国内トップクラスを上回ったという。

 一般的な投手なら平均して同35回転強。実に3割近くバックスピン量が多いとみられる。

 バックスピンが多ければ、ボールにはホップする力が生じる。投手のリリース直後の「初速」に対し、捕手のミット際の「終速」が落ちにくくもなる。

 実際にはホップするわけではない。投げた後に加速するわけでもない。しかし他の投手に比べ、球のおじぎや減速が少ない。これが打者の目には「伸び」として映る。

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 武隈は「えー、そんなことより、スピードガンの数字がほしいっす。だってその方が格好いいでしょう」と冗談とも本気ともつかないように言う。

 それに苦笑しつつ、土肥投手コーチは「かけがえのない戦力であると同時に、研究する対象としても興味深いです」と言う。

 140キロに満たぬ直球で押す武隈の投球、そしてそれを数字で説明するトラックマンのデータは「必ずしも球速を追い求めればいいというものではない」と示している。

 土肥コーチは「データを活用すれば、数字上は遅いけど実は直球が武器になる、武隈のような投手を発掘できるかもしれない」とうなずく。

 直球はまず外角低めを磨くべし、という定説を見つめ直す、1つのきっかけともとらえる。

 「極端な話、ど真ん中の方がスピン量が5割増しになる投手がいたとすれば、そのコースを磨かせるべきかもしれません。どのコースが本当の武器になるか、トラックマンの数字が示してくれる可能性もある」。

 トラックマンは、リリース時の投球の角度やサイドスピン量など、バックスピン量以外にも細かいデータを網羅する。

 隠れた逸材の発掘。適性の見定め。フォーム改善。データにはさまざまな活用法があると、土肥コーチは考えている。

 さらにはデータの変化から、投手が隠している、あるいは気づかない負傷の影響を見て取り、早期の対処につなげる「予防医学」の側面にも期待する。

 武隈がチームを優勝に導くような活躍をすれば、トラックマン計測の有用性も注目され、データ活用が広まることにもつながる。

 2年連続で60試合以上に登板してきたスピン王が、今年もフル回転する。【塩畑大輔】

 ◆トラックマン デンマーク製の高精度弾道解析機。軍事用のミサイル弾道追尾システムを援用して開発された。ゴルフ界では米男子ツアーの公式測定を担い、個々の選手も携帯用の機器を持ち歩いて、ショット練習などに活用している。野球界でも近年、楽天などを皮切りに導入が進んでいる。