ソフトバンク千賀滉大投手(27)が、巨人菅野とのエース対決を制した。7回3安打無失点と巨人打線を抑え込んだ。シーズン3冠(最多勝、防御率、最多奪三振)の力を見せつけた。14日のロッテとのクライマックスシリーズ第1戦では7回3失点も、チームを乗せられず反省していたが、今年最後の大一番で、圧巻の投球だった。

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初回、巨人岡本のバットをへし折った。初球154キロで内角をえぐり捕邪飛。「初回は少し力が入りすぎてしまい、自分のバランスで投げることができなかった。菅野さんを見て力んだ部分はありました」と話すが、全力で腕を振った。4回無死一、二塁では、5番丸に外角低め154キロ直球を投げ遊ゴロ併殺に仕留めた。巨人打線にフォークを見切られても、力で押した。

「少しボールにバラつきはありましたが、何とか。チームが勝てば。栗原さんがいい打撃をしてくれました」と、後輩に「さん」付けし白星発進を喜んだ。工藤監督も「初戦がいかに大事か本人もすごく分かっていて、最初から全力で飛ばして、よく投げてくれた」と絶賛した。

三塁側のスタンドには両親が愛知・蒲郡から駆けつけていた。コロナ禍で遠出することもできず、今年初観戦だった。父直伸さん(60)は「ホッとしました。球数が(118球と)多かった」と笑った。今季はキャンプ中から右ふくらはぎ痛、右前腕部の張りなど故障に泣かされた。「キャンプから取り組んでいたフォーム改良がうまくいかないということだった。ダルビッシュさんのおかげ。昔は『まあ、いいや』だった。自分の体への意識が変わりましたね」。18年12月、今年1月と石川とともに米国のダルビッシュのもとを訪問し多くのことを吸収した。「愚痴とかは昔から言わないヤツでした。(今季も)不調な時もイライラは見せなかった。大人になりましたね」。

シーズンフル回転の千賀は疲労困憊(こんぱい)でも、日本シリーズという最後の舞台では疲れを見せなかった。「ボウズはもともと丈夫な子じゃないんですよ」。6回くらいから両足がつった中でも、何とか投げきった、頼もしく成長した息子の姿を喜んだ。【石橋隆雄】

▼シリーズ史上6度目となった<1>戦の両リーグ最多勝投手対決は千賀に軍配。千賀は69~72年堀内(巨人)に並ぶ4年連続シリーズ開幕投手だったが、結果は○-○○。シリーズ<1>戦に3勝は70~72年堀内、88、90、94年渡辺久(西武)に次いで3人目のタイ記録。2年以上続けて<1>戦に白星は70~72年堀内、77、78年山田(阪急)12、13年内海(巨人)に次いで4人目。

▼関西で日本シリーズが行われたのは、14年に阪神がCSを勝ち抜いてソフトバンクと対戦し、<1><2>戦を甲子園で行って以来。京セラドーム大阪での日本シリーズは、近鉄が01年にヤクルトと戦った際、本拠地の大阪ドーム(当時)を使って以来19年ぶり。なおソフトバンクの大阪での日本シリーズは、前身の南海が73年に巨人とのシリーズ<1><2>戦を本拠地の大阪球場で行って以来、47年ぶり。