ヤクルトの古田敦也臨時コーチ(55)が11日、沖縄・浦添キャンプでの指導を終えた。07年の退団から14年ぶりの復帰で、5日から精力的にグラウンドを駆け巡った。最終日の指導を終え、取材に応じた。主な一問一答は以下の通り。

-臨時コーチを終えて

古田臨時コーチ 高津監督に誘われてと言いますか、バッテリー再建ということに力を貸してくださいと言われて。キャッチャーには特に、技術的な捕ったり投げたりすることもやって、いろいろんな意味でしっかりメッセージは届けることができたんじゃないかなと思います。

-指導の手応えは

古田臨時コーチ 変な言い方ですけど、技術的なことというのはやっぱりコツがある。例えば捕り方はこんな風に捕った方がいいんじゃないか、打つのはこういう風に打ったらいいんじゃないかという。バットの角度であったり、いろいろ個人差はみんなぱっと見、あるんですけど、コツみたいなのがあるんで。僕らは1つのアイデアとして、こういうやり方もあるよということは伝えたので。使えると思った人はそれを反復練習して、あとは自分のものにするためにしっかり練習してくれると思います。

-合流前と後でチームの印象に変化は

古田臨時コーチ 印象というか、やっぱり負けが込むとね、自信を持ってやってても、自分の自信がなくなったり。シーズン始まったら勝ち負けを毎日毎日やるんでね。負けが込むと嫌になってくるので、そんな中でも若い選手が多いので、諦めるなというか、諦めないプレーだったり、日々新たなりなんでね。その辺のアドバイスはしっかりできたと思う。若い選手というのは劇的に伸びる瞬間があるので、それを信じて頑張ってくれたらなと思います。多少はタフになってくれるんじゃないかなと期待したいです。

-野村さんの一周忌

古田臨時コーチ この1年間コロナのこともあったのですごく違った1年で。1年間あっという間だなと。昨年、僕は(宮崎)西都で2軍のキャンプを取材しているときに、朝に(野村)克則の方から報告を受けて、その日のうちに帰って。高津監督よりも先に対面させていただいた。ヤクルトのユニホームを着られて横たわっているお姿を見て、眠っているように安らかな感じだったので、信じられない感じだったので。あれから1年ですね。あっという間ですね。

-心に残る野村監督とのエピソードは

古田臨時コーチ みなさんご存じのようにID野球という名の下に、野球ってやっぱり考える、また頭を使ってやれば、弱いチームも勝てるんだと。ご自身もおっしゃってましたように「弱者の戦略だ」ということをおっしゃってて。僕たちも24、5の頃だったと思うんですけど、いろんなことをたたき込まれて、時に厳しく、時に厳しく、ばっかりです。優しくはあまりなかったですけど、怒られることも若いとき多かったんですけども。ただやっぱり、それが血となり肉となり、僕の野球人としての体を作っていただいたので、今こうして逆の立場と言いますか、指導する側に回って、今の若い選手たちに伝える、また刺激を与える形になれるといいなと思います。

-野村さんの教えをどう継承させていくか

古田臨時コーチ よく体力、気力、技術力なんて言うんですけど、心技体ですよね。それに野村監督は知力、頭を使うというのを加えた。もちろんデータを取ったりするんですけど、頭を使う。知力なんだ。それで戦うんだというのは、やっぱり言われてみないと。言われたら、分かりますってなるんですけどね。はっきり言われないと分からない部分もあるので、僕もミーティングの中で、その言葉を使わせていただきました。それでハッと気付く部分はあると思います。そこから勉強して自分のものにする。その先は自分次第なんですけど、そういうきっかけを与えることはできたんじゃないかなと思います。

-ヤクルトの選手たちに継承できたか

古田臨時コーチ 基礎と言われる第1歩、第2歩ぐらいまではちゃんと。何歩あるか僕も分からないですけど、進めてると思います。本人たちも、強い相手がたくさんいるんですけども、もしかしたらいけるんじゃないかと。若い選手ですし、そういう気持ちになってくれた人は多いと信じたいですね。

-野村さんに伝えるとすると

古田臨時コーチ 僕も監督経験させていただきましたし、今、石井一久もやってますしね。教え子と言われる人が監督だけじゃなく、いろんなチームにコーチとして残っていて、本当に影響を受けた人間たちが今のプロ野球を、すべてじゃないですけど支えている部分も多少はあると思うので、ありがとうございました、と思う気持ちでいっぱいですね。喜んでいただけてると思いたいですね。

-選手たちへ一番伝えたかったもの

古田臨時コーチ みんなその気になってやってもらうのが一番かな。若い選手って、負けが込むとちょっと自信がなくなったり、これ以上ないのかなと思ったりするけど、そんなことは全然なくて。若いって劇的に変化するチャンスがあるし、我々はそれを本当に身をもって体感しているし。はっきり言って、僕らが入ったときのヤクルトもこんな感じで、Bクラスで。こんな感じなんて言うと怒られるけど。弱いチームに入ってきて、野村さんが一からやって、その3年後には優勝して、90年代は優勝何回もするようなチームに変貌していく。もちろんメンバーがそろったとかね。僕や高津監督や、ここでいうと伊藤コーチとか、選手が教えを基に張り切って、その気になって「巨人倒すぞ」とか明るく前向きになってやっていたので。それが若い人には力になって。そういう意味でいうと、きっかけになるようなことは伝えられたんじゃないかなと思います。

-輝いて見えた選手は

古田臨時コーチ 石川とかもう1回輝いてくれるんじゃないの。ちょっと分かんないですけどね。僕らのときも、僕がこんな選手になるなんて野村監督も思っていなかったはずですから。それは1年経ったらえらいことになって、2年経ったらもっと飛躍して。「こんな眼鏡かけたキャッチャーいらねえよ」ってよく言ってましたから。それが分からないですよ。これがね。あの選手、あんなに大きくなったなーって何年後かに言ってたいですよね。言えると思いますよ、誰か。誰かは分からないですけどね。

-高津監督へ

古田臨時コーチ 去年とか悔しい思いをしていると思う。監督も、選手もね。それを必死に、どうやって勝つか、って一生懸命考えてやっていると思うので、その悔しいというか、つらい思いがいろんな工夫を生むというか。昔、ヤクルトが弱かったときも野村監督は奇抜なアイデアでいろいろ無理難題を僕らに言ってきたり、リクエストして。それに僕らも応えたいと思って、若い選手が伸びていって。そういうのってあるので、変化の年になるんじゃないかなと思いますけどね。

-これからは解説者として

古田臨時コーチ もう気になりますしね。ずっと見ていると思います。キャッチャー陣には「お前らで勝つぞ」って何回も言ってるし、「俺たちで勝つぞ」って言わせてるし、どれだけ打つの? って聞いたら「3割打つ」って言ってますからね。ずっと見てないといけないですね。ほんまに打つかどうか。誰が出るか知らないけど。

-やり残したことは

古田臨時コーチ 肘の治療かな。治療せなあかんな。伝えたいことは伝えたし、ミーティングは3回もやったし、バッテリーには「お前らで勝つんだ」という話をしたし、テクニカルことも教えてるので。これから実戦入ってやってみたらという話もしている。個別にもみんな話しかけてくれて、多少は答えられたんじゃないかな。

-村上と話す場面もあった

古田臨時コーチ すごいなと思ってね。調子悪いって言ってるからね。「俺からあんだけ打って調子悪いのか」って聞いたら、本当に調子悪いって言うからね。末恐ろしいなと。行けるところまで行け、って感じですね。どこまでいくのかは僕にも分からないですけどね、すごい上を見てるんじゃないですか。