西鉄ライオンズの黄金期を支えた中西太氏(日刊スポーツ評論家)が、11日午前3時38分、東京都内の自宅で心不全のため死去していたことが18日、分かった。
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中西さんが体が小さくともパワーと才能を見いだしヤクルトに誘い、後に「小さな大打者」と呼ばれた若松勉元ヤクルト監督が恩師を悼んだ。「昔を思い出しました」とプロ1年目の厳しい練習を回想した。
キャンプで泊まった旅館の夜間練習。畳の上で素振り、すり足を繰り返した。「軸足の親指なんて、やけどして血が出てベタベタだったよ」。それでも北海道から上京し「みんなに負けたくない。レギュラーになりたい」と歯を食いしばると、全員でやっていたはずの練習が日を追うごとに離脱者が出て、最終的に中西コーチ(当時)とのマンツーマンになっていた。
三原脩監督(同)から「あんなに体が小さいのにどこがいいんだ?」と言われた中西コーチは「一生懸命ついてくる」と返したという。若松氏は「それを聞いて『なにくそ』と思ったね。それで練習についていった」。天国に旅立った恩師へ「中西さんがいなかったらここにいなかった」と感謝した。



