台湾出身の右腕、早大の黄鼎仁投手(4年=ファン・ディンレン)が神宮のマウンドに立った。
台湾・新竹高校から日本へやって来た。「高いレベルで野球と勉強を両立できる環境を目指して進学しました」。台湾の大学でない理由は「日本で野球の友達を増やそうかなと思って」だという。
コロナ禍の影響で来日は1年遅くなった。それでも吉納翼外野手(4年=東邦)は「2年生の初日から頑張ってたのが報われて、非常に心強い同期です」と神宮での登板を守りで支えられたことを喜ぶ。
大量リードの8回にマウンドに上がった。先頭に安打を許したものの、併殺打と内野ゴロで3人で締めた。「緊張しましたが、楽しく野球ができて良かったです」とひと息ついた。
国際教養学部で全て英語の講義を受け、部活で日本語を話し、もちろん台湾の言葉も。充実した毎日に目を輝かせるマルチリンガルは、卒業後は日本を離れる予定だ。
「台湾に戻って義務の兵役をやってから、そこから台湾でもっともっと医学の勉強をして」
人々を幸せにする大人になる。【金子真仁】



