4月から弁護士になる岩切太輝さん(25)は目を輝かせて言った。「野球界を変えたいです」。日大三(東京)の野球部出身。1浪して進学した東京学芸大3年の時に弁護士を志した。22年に予備試験、23年に司法試験を一発合格。「運良くススッと行っちゃって」と謙遜するが、猛勉強で狭き門を突破した。
そんな“法曹界に進む野球人”として、未来への希望を膨らませた場所は千葉・鎌ケ谷にある日本ハムの2軍本拠地だった。1月中旬から約2週間、司法修習生として鎌ケ谷に通った。
自ら修習先を選び、受け入れの交渉なども行う選択型実務修習の「自己開拓プログラム」。プロ野球チームを選んだ理由は明確だ。「野球が大好き。野球界に弁護士として関わってどういった価値を出せるのか、どういった観点から野球界をより良くすることに貢献できるか。その検討材料を得たかった」。ぼんやりしていた夢の輪郭をはっきりさせるためだった。
企業法務の一端に触れたり、球団のさまざまな立場の人とたくさんのコミュニケーションも取った。いろいろ話を聞いていく中で「一番驚いたのはメジャーで学んでいらっしゃる方がすごく多いこと」。いつかは弁護士としてメジャーで研修したい思いも生まれた。
そして、目的通りに夢の輪郭も見えてきた。これまで弁護士とプロ野球を結ぶイメージは選手の代理人や球団の企業法務などだったが、他にも「ルール整備などのNPB側でも可能性があるなって思った」。
野球人として漠然と思っていたのは「最近、アマチュア選手がアメリカの大学や直でメジャーリーグへ行き始めた。日本の野球界を盛り上げるための新たなルールをつくっていかないと、どんどん海外流出してしまうのでは」。その懸念と弁護士としての自身の存在価値がリンクすることに気付いた。「日本のルールを変えるなら、メジャーで学んで日本へ持ち帰ってくることも大事だと感じた。今後は野球界をいい方向に変える力になりたい。まずはファイターズさんに恩を返したいですけどね」。岩切さんの“球春到来”は、もうすぐだ。【木下大輔】
◆岩切太輝(いわきり・たいき)1999年(平11)8月15日生まれ、宮崎県小林市出身。小林市立三松小から三松中を経て、日大三に進学。公式戦出場はなかったが、17年センバツで記録員として甲子園の土を踏んだ。1浪して進学した東京学芸大4年時に司法試験の予備試験、卒業後の23年に司法試験に合格。今年4月から「アンダーソン・毛利・友常法律事務所」で勤務予定。家族は小林秀峰(宮崎)で野球部監督を務める父隆公(たかひろ)さん(53)と母、妹の4人家族。左投げ左打ち。



