DeNA古市尊捕手(24)がプロ入り後初めて日本シリーズに出場した。11回に途中出場でマスクをかぶり、決勝点を奪われた。悔しさがにじむ。

それでも最高峰の舞台の経験に心が震える。年始、香川への帰省中に西武球団から電話が入った。「あぁ、人的やなと」。覚悟しながら明石海峡大橋を運転して埼玉へ戻ると、DeNAへの人的補償での移籍を通達された。

別れの日、1月9日。カーミニークフィールドで練習見学するファンの前に自ら立ち、声を張って感謝を口にした。大きな拍手と「古市がんばれ!」に見送られた。

「必要としていただけて素直に喜べる部分でもあったんですけど。でも不安しかないです。ライオンズ大好きなので、ちょっと寂しい部分も強かったですね」

少しだけ言葉を詰まらせながら決意を口にし「どのへんに住めばいいんですかね?」と右も左も分からない横浜へ。

そしてシーズンの最後まで野球をしている。「いろんなこと経験させてもらいました。怒濤(どとう)のシーズンでしたね」。DeNAでは「1年間、ファームでしっかりやらなきゃと思っていました。だから、ここまで試合に出られるとは」。大事な試合もスタメンで任され、日本シリーズにも出場した。

西武時代の24年4月、ソフトバンク戦でサヨナラ捕逸をしたこともある。いろいろなことが怖くなった当時を思えば、大舞台の緊張など幸せだ。「だいぶ場慣れはするようになって。今回もめったいに経験できない機会なので、気負わずに全力で楽しみたいですね」といい表情で意気込む。

「連絡取ってますよ。ハセ(長谷川)とか同級生はけっこう。古賀さんとかも取りましたし」

古巣西武とは今でも親交がある。いつかは日本シリーズで対戦したい。「交流戦3試合とかじゃなく。一番いい舞台でできるように、お互い頑張りたいです、というか僕が一番頑張らないといけないですね」。横浜生活にもすっかり慣れたようだ。【金子真仁】