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勝敗を分けた延長戦

静寂に響く不快音…45球の覚悟

9回表中日1死二塁、谷繁元信(左)に同点適時打を打たれ、ぼう然とする山口鉄矢=2008年10月24日
9回表中日1死二塁、谷繁元信(左)に同点適時打を打たれ、ぼう然とする山口鉄矢=2008年10月24日

 午後10時を回った。鳴り物の応援が禁止された。今では小さくなったそのサイズが空気を濃くして、東京ドームは球音が最もよく響く球場になった。その男が左腕を振り、阿部慎之助のミットを鳴らす音は、他の投手と一線を画していた。

 「ビシャッ」。誰が聞いても恐怖を覚える、不快な音だった。大きく甲高く「ポンッ」とミットの芯を鳴らすボールは、一般的にナイスボールと定義される。しかし打者目線から見れば、筋のきれいな絶好球、とも言える。YGマークの帽子を目深にかぶった山口鉄也は静寂の中で淡々と、打者が嫌がり、捕球の名手がミットの芯を外すボールを投げ続けた。それも45球も。

 2008年10月24日、クライマックスシリーズ第2ステージ、第3戦。相手は中日だった。巨人にとって、落合中日は憎きライバルだった。しのぎ合いはもちろん、CSでも続いていた。1点リードの9回。抑えのクルーンが先頭打者に死球を与えた。原監督が勝負手を打った。

 「ピッチャー山口」。当時24歳。売り出し中のセットアッパーに幕引きを託した。

 谷繁を巡る攻防にドラマがあった。1死二塁で、嫌らしいベテランだった。初球。ナチュラルにシュートする汚い直球。アウトローに制御した。谷繁はこの1球にヤマを張っていた。踏み込まれた。右翼線へ同点の適時二塁打。「気持ちを切り替えた」。延長10回を3人で終えた。ベンチに戻った。いつもの「お疲れさん」がなかった。

 「3イニング投げるのは、いつ以来だろうな」と自分を客観視していた。11回。再び谷繁を迎える。探る投球を排した。インコースに「ビシャッ」と突っ込んだ。インロー真っすぐの多投。腰を引かせて見逃し三振。この回でお役御免だった。混じりっけなしの歓声と拍手は、午後10時以降にしか味わえない、プロ野球選手の特権だった。自分の存在価値を高みに引き上げる、プロ入り最多の45球になった。

勝つための英断で6年ぶり日本S

6番手で登板し3イニングを投げきった山口鉄也=2008年10月24日
6番手で登板し3イニングを投げきった山口鉄也=2008年10月24日

 レギュラーシーズン41セーブのクルーンを、打者1人で降板させる。この重い決断は、引き分けでの日本シリーズ進出王手という形で報われた。原監督は「大きな決断だった。チームとして、勝つために山口を選択した」とまで言った。「山口の45球」がCS全体の潮目となり、巨人は6年ぶりに日本選手権出場を果たした。

 山口 谷繁さんに、ライト線に打たれたこと。3イニング投げたこと。この2つは覚えていますね。でも細かいこと、何も覚えていないんです。当時の試合はみんな、同じなんですよ。でも、これだけは忘れられない。

 紡いだ言葉が染みた。「絶対にやられたくない。いつも死にものぐるい。腕が飛んでもいいから、とにかく全部、思いっきり腕を振った。当時で覚えていることは、それだけですね」。山口が竜に鳴らした、あの「ビシャッ」という不快な音。生きるか死ぬかの世界に身を置く武者の、覚悟の胎動だった。胎動は力強さを増して鼓動となり、この年から6年連続60試合以上登板という日本記録へとつながっていく。【宮下敬至】

強力クリーンアップで好調コイ追撃

来日1号となる2点本塁打を放つフレデリク・セペダ。投手前田健太=2014年5月17日
来日1号となる2点本塁打を放つフレデリク・セペダ。投手前田健太=2014年5月17日

 巨人軍第80代の4番打者が誕生した。キューバ代表で4番を務めたセペダだ。昨年9月、キューバ選手が海外でプレーすることが可能となった。セペダは同制度を利用してNPBでプレーする、記念すべき第1号選手である。両打ちで、パワーと技術を兼ね備えている。同じくキューバ出身のアンダーソンが開幕から絶好調で、強力なクリーンアップが組める。打線を厚くし、開幕ダッシュに成功した広島を追いかける。

 投手陣には懸案事項がある。5月15日現在、エース内海が未勝利。好投が続くも、援護点に恵まれない登板が続いている。同11日には抑え西村がファーム再調整となった。マシソン―山口―西村で形成する最強の中継ぎユニット「スコット鉄太朗」は一時解散となった。故障明けの久保が好調でやりくりできているが、リーグ3連覇に向けてブルペンの整備も欠かせない。

巨人担当記者

宮下敬至(みやした・たかし)
宮下敬至(みやした・たかし)
 99年入社。整理部を経て、05年から野球。担当歴は横浜―巨人―楽天―巨人。洞察をもとに取材するよう心掛けている。


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