初めに伝えておこう。僕は間違いなく“スポーツバカ”だった。小さい頃からサッカーしかやっていなくて、勉強なんて何にもできなかった。テストが近づけば涙を流しながらイヤイヤ勉強をしたのを今でも鮮明に覚えている。

その結果、高校にサッカー推薦で合格しても、偏差値が足りずに入学を許されなかったというオチまでついている。今回は攻撃的なタイトルではあるが、これは自分のことでもあり、戒めでもある。

少し前だが、日本サッカー協会の専務理事に宮本恒靖さんが就任した。僕の記憶が正しければ、宮本さんは高校卒業と同時にガンバ大阪のトップチーム昇格を果たしてプロ入りし、同志社大学にも入学。プレーを続けながら大学を卒業をしている。サッカーでここまで本当の意味で文武両道を貫いた人はいないと思う。まさに本当の意味で元選手としてアスリートの見本になっている人だ。

僕は別に勉強ができることが全てとは思っていない。しかし、どこか日本人の考え方の中に「サッカーさえできていれば勉強はそこそこで良い」、親も「サッカーの練習を頑張っているから勉強が多少おろそかになっても仕方ない」。そんな考え方を持っている人は少なくないはずだ。もしかすると、そうは思っていないが、現実的にそうなってしまっている人もいるだろう。

“スポーツバカ”が生まれてしまう原因のひとつに、アスリートがそのあたりを語れないということがあるだろう。プレーは華麗でもコメントを聞くとガッカリしてしまう選手は多い。見た目だけ気にして髪の毛を整えて香水をつけ、格好つけたとしても言葉に力がなく、届かないアスリートはごまんといる。

Jリーグ人気が停滞気味に感じられるのはそんなOBたちにも責任があると僕は思っている。サッカー選手の悪いところは、ノリや勢いでその場をしのぐとところ。とことん話し合い突き詰めることをせず、その場をやり過ごす習慣がある。これは間違いなく部活の弊害だ。

部活は上下関係と監督の考えや機嫌を守ることがメインであり、スポーツから一番大事な部分を学び取ることを無視し続けている。それは監督も含め選手もみんな楽だからである。サッカーのプレー中によくあることだが、パスミスをしたりすると「OK、OK」「次、次」とあたかも意思疎通が取れているように見える場面がある。

しかし、海外などでみるプレーは、そこで怒鳴り散らすFWがいたり、キャプテンが叱咤(しった)しているシーンだ。それは「そのプレーの選択に対して意見を言っている」のであって人格を否定するために言っているのではない。

しかし日本の場合は、多くの指導者も選手も、「だからお前はダメなんだ」とプレーの選択と人格を同一化してしまう。その結果、常に怒られる恐怖に駆られ、誰も持っていない正解を監督や声の大きい中心選手の頭の中から導き出そうとする。そんな選手がどれだけ多くいることか…。

“スポーツバカ”はこう言った「いらない真面目」「いらない正直さ」の中からも生まれる。そして、傲慢(ごうまん)になっている指導者や中心選手は、思考をすることをやめ、ルールで服従させる。その結果、勘違いの裸の王様が生まれる。そんなアスリートが、世間に向けて発するコメントなど響くはずもない。

“スポーツバカ”とは、自分の中で正解を作れず、指摘されることにおびえて、自分ではない自分を作り上げてしまうことだ。そしてもうひとつは、勘違いが生み出す、自分の考えが絶対に正しいと思い込んでしまう、視野の狭い自分だ。テストで良い点を取ったり偏差値の高い学校に行ったりするための教育と、人間の中身を成熟させるための教育は全く違う。その両方を「学校」に任せていることが問題だ。先生に人間教育はできない。それを部活が担ってしまっているが、勝利至上主義に走ることで、ここもまた人間を成熟させるために教育の場とはなっていない。

これは先生の問題ではなく、構造の問題だ。そもそも先生に人間教育ができる土台がない。自分を見つめ、内省し、新たな挑戦をして自分を磨く時間もない。それどころか、目の前の生徒と親と上司で頭がいっぱいだ。それでは自分を磨くことはできない。先生に人間教育を任せるのは酷なんだ。“スポーツバカ”はこう言った構造上の問題が生み出している産物でもある。

昨今の格闘技界も大きな問題を抱えている。現在、若者の間で少し格闘技がブームになっている。しかし、それはケンカや暴力の延長上でしかない。“スポーツバカ”の象徴となり、それに憧れる人が増えれば、スポーツ界に良い未来など待っていない。学びをしてこなかったことで、雇われ根性が染みつき、ノルマや効率、損得ばかりを気にする。指示通り動くのは実は「楽」。それと同時にそれは思考停止した資本の「奴隷」の姿だ。

SDGsという言葉にだまされず、本当に持続可能な社会とは何かを考えたい。こういうところからスポーツ界に必要なことを見つけ出し、人材を育てなければ発展などしないし、文化になどなるわけもない。僕はもう1度、自戒の念を込めて動きだしたいと思う。(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。175センチ、74キロ。

元年俸120円Jリーガーで、格闘家の安彦考真
元年俸120円Jリーガーで、格闘家の安彦考真