その68歳は太い幹だった。

 4月20日、後楽園ホールでドラディションの「バック・トゥー・ザ・ニューヨーク・ツアー」を取材した。

 主宰の藤波辰爾(64)の依頼を快諾し、目玉として来日したのは元WWF(現WWE)世界ヘビー級王者ボブ・バックランド(68)。驚かされたのは18日に都内で行われた来日記者会見だった。

 巣鴨に移転したばかりのプロレスを中心とした格闘技グッズ専門「闘道館」の2階に姿を現した「ニューヨークの帝王」は、とてもとげぬき地蔵が似合うような存在ではなかった。

 赤いサスペンダーがピンと張って、ワイシャツ越しからも明らかな筋肉の隆起を感じさせる。肉厚すぎる肉体は、いまだに現役だった。刈り上げられた頭髪は白髪交じりだったが、もし顔を隠して年齢当てクイズでもすれば、正解率は著しく低いだろう。

 「いまも午前6時半に起床して毎日エクササイズをしているからね」。肉体維持の秘訣(ひけつ)を聞かれると、得意げに言った。そして、そこからの行動がさらに驚くものだった。

 「ここでお見せしましょう」とおもむろに立ち上がると、両手を地面に着き。さらに頭頂部も床につける。そのまま脚がきれいに上がっていく。68歳の倒立。そして、さらにその脚を前後に動かして見せた。

 ワイシャツの胸ポケットからコインが落ちて、「これは妻からのお駄賃だね」とアメリカンジョークを飛ばす姿に、会見場のどよめきは止まらなかった。「今でも高校3年生、大学1年生とスパーリングをやっている」という言葉にも説得力があった。

 バックランドが70年代後半から5年以上ベルトを保持していた最中に生まれた記者には、正直言ってなじみが薄い「伝説」の男だった。名前を聞いてぴんと来るのはもう少し上の世代だろう。

 映像や画像で現役時代の姿は予習してから取材に行ったが、衰えた選手の姿のどこかにノスタルジーを探して発見に喜びを見いだすような機会、試合なんだろうと思っていた。ところが、当人を目の前にし、その「エクササイズ」を見せつけられ、レスラーのすごさをまざまざと感じさせられる時間となった。

 「さっき、一度やっただろう」。会見の最後、写真撮影の時間に、そうつぶやきながらももう1度倒立を披露するサービス精神まで見せつけた。

 最近聞いたプロレス好きの識者の言葉に「プロレスラーは異世界の住人です」という指摘があった。20日の後楽園大会、21日の大阪大会と試合でも年齢からかけ離れた動きと肉体とをファンに見続けた「帝王」。

 誰もが予期しないことをできるからこそ、異世界の中心人物として本場マットに君臨し続けたのだと、たった20分ほどの会見で十分に納得させられた。【阿部健吾】

KAZMA SAKAMOTO(左)をチキンウイングフェースロックで仕留めたボブ・バックランド(2018年4月20日撮影)
KAZMA SAKAMOTO(左)をチキンウイングフェースロックで仕留めたボブ・バックランド(2018年4月20日撮影)