ボクシングの面白さと言えば、倒すか、倒されるか。中でもサイズに迫力あるヘビー級は、ド派手で豪快なダウンやKOが期待される。25日の注目の一戦には、ロンドンのトットナム・ホットスパー・スタジアムに6万人の大観衆が詰め掛けた。

結果的にダウンもなかったが見応えはあった。オッズは3-1で優位のアンソニー・ジョシュア(英国)が、WBAスーパー、IBF、WBOの3冠王座から陥落した。「チェスみたいだった」の言葉が、試合内容を示す。強さではなくテクニックの戦いだった。

新王者オレクサンドル・ウシク(ウクライナ)は巧みだった。元世界クルーザー級4団体統一王者でリング誌パウンド・フォー・パウンドのランクは4位。190センチ、100キロとサイズは9センチと9キロ劣ったが、スピード、フットワークにテクニックで上回った。

スピードある多彩なジャブで先手をとり、左を打ち込み、手数でも上回った。体は休むことなく揺らし、動かし、パンチをまともに受ける場面は少なかった。ジョシュアが追うとかわし、逆にカウンターを当てた。

KOを狙わないのも作戦だった。やはりパワーではジョシュアが上。怖い一発回避に動き続け、パンチの芯を外した。7回に左ストレートでよろめかせ、最終12回残り30秒はロープにくぎ付けに。完全アウェーも文句なしの判定勝ち。キャンバスにひざまずいて何度も十字を切り、結婚記念日と二重の喜びに涙した。

ヘビー級では4人目のサウスポー王者となる。90年代のマイケル・モーラー(米国)が第1号。その後、スルタン・イブラギモフ(ロシア)、ルスラン・チャガエフ(ウズベキスタン)、そして、ウシク。旧ソ連の出身地から3人目となった。

日本では右利きをサウスポーに改造する例は多い。英米では逆に左利きをオーソドックスの右に変える方が多いという。必然パートナーも少ない。ジョシュアにとって、やりにくい、不慣れな相手だったと言える。

ウシクは階級アップの2階級制覇となった。ミドル級から4階級制覇のロイ・ジョーンズ(米国)は別格で、2階級制覇は何人もいる。ウシクは一気に3団体統一王者となり、クルーザー級と2階級4団体統一の可能性を秘める。

同じケースはイベンダー・ホリフィールド(米国)がいる。3団体時代の80~90年代に唯一人同じ2階級で完全制覇した。ヘビー級で4度の王座返り咲きも唯一だが、つい2週間前にその栄光に傷がついた。

10年ぶりのリング復帰も元UFC王者に1回TKO負け。繰り出したパンチは10発も1発しか当たらず。1度ダウン後に連打でストップ負け。「ストップが早い」と言い訳。マイク・タイソン(米国)の復帰はファンも喜んだが、こちらは非難ごうごうだ。

リングサイドには18度防衛の元世界王者のウラジミール・クリチコ・プロモーター(ウクライナ)がいた。ジョシュアに負けて引退したが、K2プロモーションを設立してウシクも契約する。弟の元世界王者ビタリと共同経営で2人とも政治家でもある。引退ボクサーの米露の明暗も感じることになった。

ウシクは来春に再戦が濃厚だが、ジョシュアも同じ轍(てつ)は踏まないだろう。WBCは10月に王者タイソン・フューリー(英国)とデオンテイ・ワイルダー(米国)が対戦する。簡単な道のりではないが、ウシクのホリフィールド超えの2階級4団体統一なるか。【河合香】