平成元年生まれの苦労人が、令和初の新入幕を果たした。東前頭12枚目志摩ノ海(29=木瀬、本名・浜口航洋)は、12年夏場所の初土俵から7年かけて、幕内の座を勝ち取った。「(16年の)新十両の時とはもう全然違う。新十両の時もうれしかったけど、幕内に入るのが目標だったのでうれしい」。1月の初場所、3月の春場所でともに13勝を挙げ、2場所連続の十両優勝。2場所連続十両優勝は、14年名古屋場所、秋場所を制した栃ノ心(31=春日野)に続き平成で9人目の快挙だった。その実績を引っ提げて幕内に挑戦する志摩ノ海は「自信になったし、幕内で自分の相撲が通用するのかが楽しみ。思い切ってやりたいと思う」と、力強く語った。

学生相撲の名門、近大から入門。初土俵から約1年、あっという間に幕下上位まで駆け上がったが、13年名古屋場所で左膝前十字靱帯(じんたい)を断裂して、6場所連続の休場を余儀なくされた。3年かけて16年名古屋場所で新十両を果たしたが、1場所で幕下に陥落。ともに新十両だった北勝富士は先場所で新三役になり「置いていかれた気持ちになった」と漏らしていた。

風向きが変わったのは昨年の九州場所だった。「基礎練習から見直して、足の構えが良くなった」と、仕切りで構える足の幅を広げ、踏み込みに安定感が増した。「前のときだったら(当たりに)ぶれが出ていたけど、(昨年)11月から1月、3月にかけてぶれなくて自信になった」。あまりの快進撃に師匠の木瀬親方(元前頭肥後ノ海)も「それが志摩ノ海のいいところで、どうなるか分からない。急に変わりますから、あっという間に三役に上がるかも知れないし、あっという間に幕下に落ちるかも知れない」と、冗談っぽく話し、目尻を下げた。

力士にけがは付きもの。それでも志摩ノ海は腐らなかった。靱帯断裂を乗り越えて幕内に復帰した力士を励みに、モチベーションを保ったという。「入門当初にけがして、そこからリハビリと幕下が長かったので。ちょっと(心が)折れそうになったけど、師匠が声をかけてくれたのでそれが支えになった」。師匠は言う。「全員に相撲だけが人生じゃないと。掃除1つでも、一生懸命できる子は伸びますよね。(志摩ノ海は)やってましたよ。歯がゆいと思っていましたよ、自分でも。でも、何を言われても自分でコツコツとやっていたので。結果は必ず出ると信じていた」。29歳。地道に復活を遂げた志摩ノ海の姿が、逆境からはい上がろうとする力士の手本にもなる。

【佐藤礼征】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)