予期せぬタイミングで思いがけない知らせが飛び込んできた。
日本相撲協会が夏場所6日目の17日、西幕下11枚目の琴恵光(32=佐渡ケ嶽)が現役を引退し、年寄「尾車」を襲名することを発表した。
相撲担当記者だったわずか1年ほど前には、全く予想できなかった。勝負の世界に生きる厳しさを思い知らされた。
一寸先は闇。入門以来一度も場所を休んだことがなかった男が、西前頭10枚目として臨んだ昨年11月の九州場所で左膝を痛めて途中休場。これが大きかったのだろう。
07年春場所初土俵から続いた連続出場が1043回でストップした。
場所後の昨年12月。佐渡ケ嶽部屋を訪れた際に、師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)から「実は恵光は玉鷲の記録を破ることを狙っていたんですよ」と打ち明けられた。
今なお出続ける「鉄人」の記録を破るとしたら、愛弟子しかいない。そう信じてやまない同親方が、まるで自分のことのように弟子の悲運を嘆く姿は、今も目に焼きついている。
愚直で稽古熱心。そんな姿に厚い信頼を寄せるのは師匠だけではなかった。
稽古場をのぞくと、慕われる理由がよく分かった。ベテランの域に達しても変わらない。かつてのように番数はこなせなくても、自分に足りないところ、今できることをしようと必死に汗を流す。
時には指導役を買って出て、若い弟子たちにはお手本を見せることもあった。口数は少ないが、胸に秘めている思いは強く、たくましい。
背中で見せる良い兄貴分のように映った。
23年春場所前に記者は、宮崎・延岡市にある琴恵光の実家を訪れた。ちゃんこ店を切り盛りする父の柏谷正倫さんと母の多美さんには急な訪問にもかかわらず歓迎してもらい、開店前の時間を利用して幼い頃の琴恵光について話してもらった。
引っ込み思案だった少年は、亡き祖父の元十両松恵山を追いかけるように、中学卒業と同時に佐渡ケ嶽部屋に入門。母の多美さんは厳しい相撲界に送り込むことを心配していたが、最後は背中を押すしかなかった。
「何をするにも迷うタイプのあの子が、相撲界でチャレンジしたいと言って揺るがなかったの」
上京する際に最寄り駅は見送る級友でごった返し「頑張ってこいよ」「応援してるからね」と温かいエールが飛び交ったという。
学校を早退してまで駆けつけた当時高校生の姉は、涙なしには見届けられなかった。
周囲の期待を裏切るわけにはいかない-。
そんな一心が土俵にも現れていた。14年九州場所で新十両。入門から7年掛けてたどりついた地位だが、安住できなかった。幕下陥落の苦渋を何度も味わった。それでも、一切の弱音を吐かない。
ずっとそばで見守ってきた父の柏谷さんからも「コツコツとやる勤勉さ。これをやると決めたら、やり続ける。それがアイツの良さだよ」と称賛される努力家は、1歩ずつ階段を上った。
新十両からさらに4年掛けて、18年名古屋場所で新入幕。最高位は21年名古屋場所の東前頭4枚目で、幕内在位は29場所。177センチ、125キロと関取の中では小柄だが、それを補うスピード感と技術の高さが売りだった。
立ち合いの一瞬で大きな相手にひるまず向かっていき、勝機をつかむ。
玄人好みの中卒たたき上げの突然の引退発表に寂しさが募る。
【元相撲担当=平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)


