プレーバック日刊スポーツ! 過去の6月30日付紙面を振り返ります。1997年は3面(東京版)でマイク・タイソンが王者ホリフィールドの右耳をかみちぎる暴走を報じています。

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<プロボクシング:WBA世界ヘビー級タイトルマッチ12回戦>◇28日(日本時間29日)◇米ネバダ州ラスベガス・MGMグランド◇観衆1万6331人

 野獣マイク・タイソン(30=米国)が暴走した。イベンダー・ホリフィールド(34=米国)に雪辱戦を挑んだタイソンは3回、王者の右耳をかみちぎり、さらに左耳にもかみついて同回終了と同時に失格負け。完全に冷静さを失ったタイソンは、試合後も王者陣営に殴りかかるなど蛮行の限りを尽くした。世界が注目した「世紀のリマッチ」は、ラスベガス市警30人がリング上で乱闘を収拾し、会場のホテルに銃声が響く大騒動に発展した。

 クリンチから離れたタイソンが、口から小さな異物をペっと吐き出した。肉片だ。王者のクリンチに激高した挑戦者は3回、ホリフィールドの右耳にかぶりついた。跳び上がって痛みを訴える王者。血だらけの顔に気づいたミルズ・レーン・レフェリー(54)が確かめてみると、耳の外側部分2センチが、食いちぎられていた。理性を失ったタイソンは、完全に野獣と化していた。

 試合は一時中断された後、ドクターチェックを経て再開された。激しい打ち合いの後、再びクリンチ。するとタイソンが、今度は相手の左耳にかみついた。3回終了のゴングが鳴った後、レーン・レフェリーは試合中断中にホリフィールドの背中を突いたラフ行為、最初の右耳をかじったことでタイソンから2点減点。さらに、左耳に残った歯形を確認し、失格負けを宣告した。

 裁定にわれを忘れたタイソンは、スタッフに続いてホリフィールド陣営に2度殴りかかった。混乱収拾のためにラスベガス市警30人が慌てて突入。けん銃をさげた警官がリングを占拠する前代未聞の事態となった。ファンにビールや食べ物を投げつけられて退場したタイソンは「相手が頭を下げるのでボクシングにならなかった。これがオレの仕事。抗議が聞き入れてもらえなかったので仕返しをした」と、悪びれずに話した。タイソンにも言い分はある。2回にバッティングで右目上をカットした。昨年11月の前戦でも頭を当てられ左目上から出血。結局、TKO負けした。それを思い出しての確信犯だった。3回のゴングが鳴ると、マウスピースを吐き出していた。クリンチしたひじを決められたホリフィールドは「私の腕を折ろうとした」と、挑戦者を非難した。

 王座奪回への気迫が、空回りした。故カス・ダマト氏にボクシングを教わって更生する前のワル時代の顔に戻っていた。この歴史的な「悪事」に、試合を管轄した米ネバダ州コミッショナーのイライアス・ガーナム氏はファイトマネー3000万ドル(約34億5000万円)の凍結を発表。7月1日の公聴会で今後の対応を話し合うが、半年以上の長期資格停止処分は間違いない。罰金もファイトマネーの10%か、25万ドルが科せられる。91年の婦女暴行事件で現在保護観察処分中だけに、今後の人生にも大きな影響を及ぼすはずだ。

 「世紀の再戦」と銘打った今回の試合は、世界5億人がテレビ観戦した。その目前で、タイソンは過ちを犯した。無愛想な振る舞いで「悪役」人気を誇ってきた男は、ファンを裏切って本当の「悪」になった。

 ◆ヘビー級戦線今後 タイソンの暴挙で、ヘビー級戦線は混とんとする。この試合の勝者ホリフィールドは、年内にもIBF世界同級王者マイケル・モーラー(28=米国)と対戦する予定だった。しかし、かみちぎられた右耳の治り具合がよくなければ、王座統一戦は先送りになる。

 その統一戦を見越して計画されていたホリフィールド-タイソンの3度目の対戦は、さらに予定が立たない。長期の資格停止が必至なタイソンには、理性的に戦うための精神面のリハビリも必要で、再起までは相当時間がかかりそうだ。

 だが、逆に今回の騒動で注目はさらに高まった。ホリフィールドのドン・ターナー・トレーナー(58)は「もうやらせたくない」と話したが、プロモーターのドン・キング氏(65)にとっては黄金カード。2億ドル興行といわれた今回以上の興行となるのは間違いない。話題性も十分ある。

 タイソンは、7月12日にヘンリー・アキワンデ(英国)と防衛戦を行うWBC世界王者のレノックス・ルイス(英国)からも挑戦を表明されていた。しかし、これもご破算。タイソン中心に展開されるとみられた王座統一ロードは、大混乱しそうだ。

 ◆ボクシングの反則 今回は「相手に傷害を及ぼすおそれのあるすべての非スポーツマン的なトリックおよび行為」に当てはまる。ほかにはローブロー、故意に後頭部へのラビットパンチ、ゴング後のパンチ、頭やひじを突き立てる(バッティング)、グローブで目を突くサミングなどがある。通常は注意、減点、失格となる。

※記録や表記は当時のもの