王者井上尚弥(24=大橋)が米デビュー戦をKOで飾り、6度目の防衛に成功した。挑戦者の同級7位アントニオ・ニエベス(米国)に対し、初回から攻撃的に出ると、ダウン経験のない相手から5回に左ボディーでダウンを奪取。6回に連打を浴びせると、同回終了時にニエベス陣営が棄権を申し出た。圧倒的な内容に、本場の関係者からも高い評価を受け、井上も米国リングへの継続参戦にも意欲を示した。戦績は14戦全勝(12KO)となった。

 夜風が舞う米国の屋外リングで、井上の圧力がニエベスをのみ込んだ。5回にめり込むような左ボディーでダウンを奪うと、続く6回に勝負をかけた。ガードを固め、逃げ一辺倒になった相手に対し、「試合にならない」と右拳をくるくる回す、王者には珍しいアピールで戦いを促した。これで目の肥えたファンの歓声を呼び込むと、最後はロープ際の強引な連打で心をへし折った。挑戦者がコーナーに戻ると同時に陣営が棄権を宣告。井上は表情を変えることなく、観客席の声援に応えた。

 理想としていた派手なKO劇とはいかず、自己採点は「70点」。だが、勝ち名乗りを受けるとともに会場に響いたさらなる大歓声が、井上が“本物”だと認められた証しだった。「すっきりはしないが、結果的には良かった。日本と違う環境で調整し、勝てたことは成長につながる」。物足りない気持ちを押さえつつ、米初陣での収穫を強調した。

 デビュー14戦目で迎えた本場の舞台。思いに変化があったのは昨年9月だった。米国で軽量級に注目を呼び込んだローマン・ゴンサレスの試合をロサンゼルスで観戦。いよいよ試合開始という瞬間に、会場の雰囲気が一変した。選手へのリスペクトが根底にある、熱気。鳥肌が立ち、思わず拳を握りしめた。それまで米国への特別なあこがれはなかったが、「自分もここでやりたい」。熱い思いが一気にわき上がった。

 「ボクシング人生の分岐点」とまで言った一戦を乗り越え、確かな自信も手に入れた。わずか8戦で2階級制覇を達成し、世界から注目される存在になっても、消えることのない感情があった。「自分は試されていないことが多い。順調にいき過ぎている」。経験が少ない中で、圧勝し続けてきたがゆえの不安。巡ってきた米国からのオファーは大きなチャンスだった。けがも、期待を裏切るような試合も許されない。プレッシャーのかかる難しい試合だからこそ、どこかうれしかった。リングを下りると、「新たな1歩になった」。しみじみ語った言葉に確かな手応えがにじみ出た。

 長く日本のボクシング界を引っ張ってきた長谷川、内山、三浦が次々と引退し、8月には山中も王座から陥落した。24歳。その両拳にかかる期待はさらに大きくなっていく。陣営の大橋会長は、次戦は国内を予定しているとしつつ、「オファーがあればどんどん受ける」と海外進出にも積極的な姿勢を示した。「もっと上を目指したい」と井上。伝説はまだ始まったばかりだ。【奥山将志】