挑戦者・久田哲也(34=ハラダ)の夢が終わった。デビュー16年目の初挑戦。世界2階級覇者のスーパー王者京口紘人(25=ワタナベ)を2回に右ストレートでダウン寸前に追い込んだが、9回にダウンを奪われて失速。国内ジム所属選手として、平成以降最も遅い46戦目の世界初挑戦でのベルト奪取はかなわなかった。

試合後の控室。最初は鏡で顔を見て「ボコボコやん」と笑って見せた久田の感情が高ぶった。

「めっちゃしんどかったけど、最後まで諦めんでやれた。でも、勝ってみんなを感動させるんが一番の夢やったから…。やっぱりチャンピオンは強かったですね」。涙がこみ上げ、言葉が途切れ途切れになった。

ただの夢見がちな少年だった。「ボクシングの世界チャンピオンになる」。日本人初の世界4階級覇者井岡一翔が後輩になる堺市立浅香山中の卒業文集に、そう書いた。球技は全然ダメな“帰宅部”なのに、スポーツテストは学年1位。「大金持ちになれるかも」と妄想し、高校1年の時、自宅から10分のハラダジムに入った。

30歳で覚醒した。29歳の時に2戦連続ドロー。「30歳で日本王者」という目標はかなわず、引退を考え、ジムを2カ月離れた。「ずっと“もっとやれる”と思ってた。だから、あと1年」。15年5月に、日本ランク12位のホープに8回逆転KO勝利。「こんなことってあるんや。神様が“まだ続けてええよ”と言ってくれてる」。そこから6連続KO、日本王座奪取&V5を含む13連勝で世界初挑戦へ。無我夢中で放った左フックが、人生を変えた。

トイレの壁に写真を貼った。「潜在意識に訴えるのは、リラックスした時に見るのが大事と聞いて」。世界ベルト姿の井岡一翔を自分の顔にすげ替えた写真を見て、用を足す。「2018年、世界チャンピオンになりました。応援ありがとうございました」と書いた紙も貼り、世界王者になる予行演習を繰り返した。

中学の同級生、妻淳子さん(34)に「私はついてくだけや」と支えられ、長女一歌ちゃん(9)に「負けたら口聞かへんで」と励まされ、昨年11月に生まれた朱莉ちゃん、乙葉ちゃんには元気をもらった。

7月に村田、拳四朗のW世界戦の会場で元全日本フライ級新人王奈須勇樹さん(37)に声をかけられた。「まだ頑張ってるんですね。応援してます」。14年前のプロ5戦目にフルマークの0-3判定で完敗した。「こういう人がチャンピオンになる、と思った。その人から…。ゾクッとしました」-。

山より谷が多かった16年。夢見がちの少年が、世界と戦う男になった。

「負けたけど、感動の1日やったかな」。得意の左フックをおとりに右ストレートで決める戦略は当たった。「相手がフラフラっとしたから、一瞬“試合止めてくれるんちゃうかな”と…。僕も舞い上がってたのか、甘さですね」ととどめの追い打ちがわずかに遅れたことを悔いるが、確かに手応えを感じた。互角の打ち合いも演じた。

「僕の中では9割ぐらい諦めるつもり。でも、嫁さんがまた“諦め悪いんが、あんたのええとこちゃうの”と言うかも…」。引退を示唆しながら、苦笑いを浮かべた。