WBAスーパー、IBF世界バンタム級王者井上尚弥(28=大橋)が、米ラスベガスでの連続防衛を圧勝で飾った。試合前にはWBC王者ノニト・ドネア(38)とWBO王者ジョンリール・カシメロ(31=ともにフィリピン)が、8月14日に2団体統一戦が決まったという。一気に井上の4団体統一が現実味を増した。
一般の人にはわかりにくいかもしれない。そもそも団体統一とは何か。プロボクシング界ならではのもの。団体とは世界王座を認定する機構のこと。簡単に言えば、各団体にあるベルトを集めて1本にすると言うことだ。
世界的に認知されているのは主要4団体となっている。WBA(世界ボクシング協会)、WBC(世界ボクシング評議会)、IBF(国際ボクシング連盟)、WBO(世界ボクシング機構)。他にWBF、WBU、IBC、IBO…、名も知れぬものが多々ある。
1階級に4人の世界王者がいることにもなる。王者がケガで休養の措置としては暫定王座が設けられた。さらに団体によってスーパー、ダイヤモンド、フランチャイズ、最近はシルバーなどという王座まで作られた。王者の粗製乱造、乱立が進むばかりだ。団体の収入源は王座の承認料という事情もあるが。
そうした中で団体王座を統一するのは、その階級のNO・1、最強を示すことになる。今では強さを示すステータスと言えるが、そもそもは団体の分裂が始まりと言える。権力、利権争いの末に生まれたものだ。
WBAが最古の団体で、1921年にNBA(全米ボクシング協会)として設立された。17州が加盟し、当初はプロレス部門もあったという。62年にWBAと改称されたのが分裂の始まりになった。欧州や英連邦に米ニューヨーク州は加盟を拒否していた。
WBCは元々WBAの評議機関だった。中南米、東洋、欧州、英連邦などの地域団体で構成し、翌63年に対等の立場を持つ機関として独立。メキシコ、フィリピンもWBAを脱退と分裂が加速した。83年にはWBA会長選で敗れた一派がIBFを設立。WBOはカリブ海諸国が中心で88年にWBAから独立した。
ボクシングは大会やトーナメントはなく、独特のマッチメークという交渉で試合を決めていく。4団体統一は試合以前に難しい状況もある。過去に達成したのは6人しかいない。
04年にバーナード・ホプキンズ(ミドル級)、05年にジャーメイン・テイラー(同)、17年にテレンス・クロフォード(スーパーライト級=いずれも米国)、18年にオレクサンドル・ウシク(クルーザー級=ウクライナ)、20年にテオフィモ・ロペス(ライト級=米国)、21年にジョシュ・テイラー(スーパーライト級=英国)が達成した。
日本人の複数団体統一は井上を含めて2団体が最多で4人いる。ミニマム級でWBC王者井岡一翔が、WBA王者八重樫東に勝って第1号となった。同級で高山勝成がIBFとWBO、ライトフライ級で田口良一がWBAとIBFを統一した。
本来なら5人となるはずだった。84年にスーパーフライ級のWBA王者渡辺二郎が、WBC王者パヤオ・プーンタラット(タイ)に判定勝ちした。当時WBAは15回戦制、WBCは12回戦制。この試合は12回戦のために、WBAはベルトを剥奪して、統一は幻となったことがあった。
日本人初の4団体統一となれば、モンスターにまた勲章がつくことになる。ただし、ちょっと残念な気がする。ドネア-カシメロの勝者との対戦となると、2冠王者の対決となる。
過去6人の4団体統一王者のうち、1本ずつベルトをつかんでいったのはホプキンスだけ。テイラーは4冠王者ホプキンスに勝っての達成。クロフォード、ウシクは2団体統一後の2冠対決、ロペスは3冠王者に勝っての統一だった。
井上にはカシメロ、ドネアと1人ずつ料理して達成してもらいたかった。というのはぜいたくな要望だろうか。多分、井上自身も本心はそれを望んでいるのではと想像した。

