WBC世界ミニマム級14位田中教仁(のりひと、37=三迫)が同級王者パンヤ・プラダブスリ(31=タイ)に敵地で挑み12回を戦い抜いたが、判定負けした。

日本ボクシングコミッション(JBC)公認によるタイ開催の日本人世界戦は63年1月、ファイティング原田が判定負けして以降、25敗1分けという負の歴史が続いていたが、またも勝てなかった。

田中にとって20年3月、WBA世界同級スーパー王者ノックアウトCPフラッシュマート(31=タイ)に判定負けを喫してから、2度目の世界挑戦だった。

元世界3階級制覇王者長谷川穂積の持つ35歳9カ月の日本男子最年長王座奪取記録を更新する、37歳6カ月で世界ベルト奪取を狙ってリングに上がったが、こちらも届かなかった。

「今回が最後(のリング)のつもり。今回が最後のつもり。死んでも(世界ベルトを)取りたい。人生を懸けた戦い」と不退転の決意でタイ入りしていた。

05年3月にプロデビューした田中は由香梨夫人と結婚後の11年11月から活動を休止。育児と仕事に専念するという「育休」を取って家族を支えた。

約5年3カ月のブランクを経て、17年2月にリング復帰。19年1月に日本ミニマム級王座を獲得していた。