1952年(昭17)5月19日に世界フライ級王座を奪取した、日本人初のプロボクシング世界王者・白井義男氏(享年80)の生誕100年記念イベントが、生誕日の11月23日に出身地の東京都荒川区南千住の荒川総合スポーツセンターで開催される。6日、主催する日本ボクシングコミッションが発表した。

後援は荒川区で、現役時代のトランクスやガウン、シューズなどの記念の品々や、試合や練習風景を撮影した写真などを午前9時から午後6時まで展示する。

白井氏は関東大震災の2カ月半後の1923年(大12)11月23日に東京都荒川区荒川(旧三河島6丁目)に生まれた。区立第六峡田(はけた)小6年の時の有名な逸話がある。

学校前の広場にサーカスがやってきて「カンガルーとボクシングと戦う」という余興が行われた。このカンガルーは人間との対戦で連戦連勝。何人もKOしたという触れ込みで、挑戦者が誰も名乗りを上げない中、白井氏が果敢に飛び入り参加。後年、日刊スポーツの記者に当時をこう振り返っている。

「初めてグローブを手に戦いました。カンガルーはフリッカージャブを繰り出して実に強かったけど、私も夢中になってパンチを振り回しました。そうするとフックが頭に当たってカンガルーが『キュー』と鳴いて後退したんです。そこで私も油断してしまい、カンガルーの強烈な1発を股間に受けてしまった。結果は私の反則勝ち。これが私のボクシングとかかわった最初でした」。

白井氏は第一荒川高等小学校を卒業後、荒川商業補習学校(後の荒川商業高校)を2年で中退して、43年(昭18年)11月に下谷御徒町の国電ガード下の2階にあった『拳道会』で本格的にボクシングを始めてプロデビューした。

終戦後はフライ級とバンタム級の国内王座を2階級制覇して、52年5月19日に4万人の大観衆で埋まった後楽園球場で、世界フライ級王者ダド・マリノ(米国)を判定で下して、日本人初の世界王者になり、当時、同級最長の4度防衛に成功した。

生誕100年記念イベントでは、テレビのない時代に16ミリフィルムで撮影された貴重な試合映像も流される。

今年は03年12月26日に白井氏が亡くなって20年。妻登志子さん(91)は「主人が世界チャンピオンになったのは70年以上も前の大昔のことなのに、今、この時代に思い出していただける記念イベントを開催していただき、感謝の気持ちでいっぱいです。主人は生まれ育った荒川区にとても愛着を持っており、もう1度行ってみたいという話を何度もしておりました。今回のイベントで荒川区の方々がご協力してくださったことを、きっと喜んでいると思います。本当にありがとうございます」とコメントした。