全日本プロレスなど日米で活躍したドリー・ファンクJr.さんが4日(日本時間5日)に死去した。85歳だった。
米国で殿堂も設けるプロレスOB会カリフラワー・アレイ・クラブが同日、発表した。
地元紙の取材を受けたファンクJr.さんの妻マーティ夫人によるとホスピスケアを受けている最中に帰らぬ人となったという。「ザ・ファンクス」として兄弟タッグを組んでいた弟テリー・ファンクさんは23年8月、79歳で亡くなっている。
プロレスラーの父ドリー・ファンクさんの息子となるファンクJr.さんはウエスト・テキサス州立大でアメフト選手として活躍した後、1963年にプロレスデビュー。69年にはNWAヘビー級王座を獲得し、4年3カ月という歴代2位の王座保持記録を築いた。74年には全日本プロレスで初来日し、アブドーラ・ザ・ブッチャーやニック・ポックウィンクル、ブルーザー・ブロディらと好試合を展開。弟テリーと組み、79年、82年には世界最強タッグリーグを制覇した。
83年、85年の世界最強タッグリーグにはジャイアント馬場と組んで出場した。またレスラー仲間にも慕われ、スタン・ハンセンやボブ・バックランド、テッド・デビアスの全日本参戦も実現させた。その後、WWF(現WWE)にも参戦し、テリーとのタッグでハルク・ホーガンらとも対戦した。
00年以降も新日本プロレスや全日本プロレスの興行にスポット出場。米フロリダ州オカラで不動産事業をしながら、プロレスリングスクールを開校。後進の育成にも尽力した。09年4月は弟テリーとともにWWE殿堂入りも果たした。13年にはPWF会長も務めた。24年8月に“弟子”の西村修さんと組んで大仁田厚、雷神矢口組と臨んだタッグ戦がラストマッチとなった。

