前代未聞の横綱の変化劇だった。2敗の横綱鶴竜(30=井筒)が、大関稀勢の里(29)を寄り倒して単独首位に立った。立ち合いで1度、右に変わるも不成立。2度目は左に変わって、最後は逆転勝ちした。ブーイングも飛び交ったが、横綱初優勝への執念を優先した。右膝のケガを押して出た大関照ノ富士(23)は3敗に後退。2人に絞られた優勝争いは千秋楽の直接対決で、鶴竜が勝てば2度目の優勝が決まる。

 どよめきと、失望のため息。罵声も飛んだ。今場所2度目の変化。しかも、1つの取組で2度も。決して反則ではない。だが、受けて立つのが横綱の姿。鶴竜は承知の上で「勝負にいきました」と、今まで変化した取組後に見せていた弁解を、少しもしなかった。その開き直りが、横綱として前代未聞の相撲に表れた。

 直前に照ノ富士が敗れ、心にさざ波が立った。昇進9場所目で、いまだ横綱としての優勝がない。さかのぼれば、12場所を要した24代前の47代柏戸以来。そこに最大の好機が来た。前を向けば、過去13勝28敗で、3連敗中の稀勢の里がいる。波はより大きくなった。張り差しか、変化か。迷いは時間いっぱいで振り払った。変わる-。「勝たないと、という思いだった」。

 稀勢の里の素早い立ち合いに、反応が遅れた。手を着かずに慌てて右に動いた。不成立で、策が明るみに出た。「ちょっと慌てて、失敗した」。それでも決断は揺るがなかった。「もう1度、気にせずにいこうと思った」。悩んだのは、右か左かだけ。「同じところはダメだ」。そして、左に動いた。

 2度目の立ち合いも、結果は失敗。急いで寄るも、相手得意の左四つに組まれた。そこで体が動いた。下がりながらの右の巻き替え。瞬時に左から振って、すんでのところで体を入れ替えた。結局は、体に染みついた技が救ってくれた。

 2度の変化。胸を張れる勝ち方ではない。だが、裏を返せば、それだけ追い詰められていた証しだった。北の湖理事長(元横綱)は「ちょっと弱気になっていた。勝負に徹した」と理解を示した。千秋楽結びの一番で手負いの照ノ富士に勝てば、逆転優勝が決まる。勝たなければ何も残らない。「チャンスを逃したくない」。もはや心の内を、隠さなかった。【今村健人】

 ◆11日目終了時点でトップと2差からの逆転優勝 11日目終了時に照ノ富士は全勝で、鶴竜は2敗していた。そこから14日目で逆転。このまま鶴竜が優勝すれば今年夏場所の照ノ富士以来、1場所15日制となった49年夏場所以降9例目になる。