琴奨菊が2006年初場所の栃東以来、日本出身力士として10年ぶりに優勝した。「日本人」でなく、「日本出身」と表記するのは理由がある。2012年夏場所で、旭天鵬(現在は引退して大島親方になっている)が優勝したからだ。

 1992年にモンゴルから来日した大島親方は2005年に日本国籍を取得し、翌年に日本人女性と結婚。優勝した時は、日本人だった。

 旭天鵬が優勝した日を境に、「栃東以来途絶えている日本人力士の優勝」の「日本人」の部分が、「日本出身」「日本生まれ」「和製」などに変わった。

 琴奨菊が優勝した日、大島親方に聞いた。この言葉の言い回しについてどう思っているのか?

 「ちょっと違和感はあるよね。俺が優勝する前は『外国人と日本人』だったのが『日本生まれ』『日本出身者』とかに言い方が変わった。俺は気にしてないけど、聞いたことがない言葉がどんどん出てきたね」

 旭天鵬が優勝した直後、所属する友綱部屋に抗議の手紙が3通届いた。「久々に日本人が優勝するチャンスだったのに、なんてことするんだ」。文面上、旭天鵬は日本人扱いされていなかった。「読んだけど、別に気にしなかったよ。逆に、すごいな、この人って思ったよ」。大島親方には、当時のことを笑いとばす寛容さがある。

 当然、力士の国籍に関係なく大相撲を楽しんでいるファンが多いことも知っている。

 「外国から来ても、みんなちょんまげを付けて、ゲタや雪駄(せった)を履いて…。生まれた所は違うけど、大相撲の文化を学んでやっている。そこに国境はないと思うんだよね」

 逆のケースが、仮にモンゴルで起きたら、モンゴル人はどんな反応を示すだろうか?

 「モンゴル相撲で、もし日本人の横綱が生まれたら、向こうの人は見なくなるかもしれない。それに比べたら、日本人は温かいよ。ヤジもないしね」

 大島親方は、今回の琴奨菊の優勝を前向きにとらえている。

 「今回の琴奨菊が話題になって、それで相撲に興味を持つ人が出たらうれしいな。日本人でもコツコツやれば優勝できるって思う親もいるかもしれない。それがきっかけで入門する子がいるかもしれない。少しでも相撲人気のプラスになったらいいな」

 10年ぶり優勝の裏には、こんな思いも込められている。【佐々木一郎】