4月下旬に同じ江東区の清澄から移転した山響部屋の部屋開きが4日、江東区東砂の新しい部屋で執り行われた。先代師匠だった北の湖親方(当時理事長、元横綱)の死去に伴い、15年11月に山響部屋として部屋を継承。清澄の北の湖部屋を、そのまま使用していたが、夏場所前の4月29日に引っ越しを済ませていた。

 部屋開きには、協会理事を務める同じ出羽海一門の春日野親方(元関脇栃乃和歌)、出羽海親方(元前頭小城ノ花)、境川親方(元小結両国)と貴乃花親方(元横綱)の親方衆が出席。土俵祭りの後、太刀持ちに宇良(24=木瀬)、露払いに徳勝龍(30=同)の出羽海一門の幕内力士を従え、横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)が土俵入りを行った。

 近隣住民も見守る中、滞りなく無事、祭事を終えた山響親方(46=元前頭巌雄)は「感慨深いものがあります。1人でも多くの関取を作って、弟子もどんどん増やして部屋から横綱を出したい。稽古はもちろん、先代は『人を育てる』と常々、言っていた。社会に出ても恥じない力士を育てるのが自分の役目と思っています」と話した。稀勢の里の横綱土俵入りには「元々、親交はありましたが、まさか自分の部屋の土俵入りをしてもらえるとは思わず、うれしいです。感謝しています」と喜んだ。

 新しい部屋は鉄筋3階建てで敷地面積は71坪(約234平米)。1階に稽古場とちゃんこ場、2階に大部屋と関取用の個室が2部屋、3階は倉庫と親方夫妻の自宅を備える。稽古場には親方時代の先代の遺影が飾られ、稽古する力士を見守る。

 近隣の道路沿いには、町内会などが作った横断幕やのぼり旗が、まだ部屋が工事中の昨年から掲げられ、おかみさんのまなみ夫人も「地域の方々の協力に恵まれました」と感謝した。最寄り駅は徒歩約15分の地下鉄東西線の南砂町だが、部屋近くのバス停からは両国まで都営バスが運行しており、1本で両国国技館までは行ける。