幕尻の西前頭17枚目徳勝龍(33=木瀬)が、記録ずくめの初優勝に王手をかけた。平幕で1敗同士の正代との直接対決を制し、単独トップに立った。

2敗の大関貴景勝が敗れ、優勝争いは1敗の徳勝龍と2敗の正代に絞られた。千秋楽は大関貴景勝との対戦が決まった。千秋楽結びに平幕が出場するのは昭和以降3度目で、幕尻が登場するのは史上初となった。優勝なら幕尻は20年ぶり史上2度目、奈良県勢は98年ぶり、再入幕は史上初、木瀬部屋でも初となる。

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“土俵際の魔術師”が鬼になった。左四つ、右上手を取った徳勝龍は、寄られて左足を俵にかけながら、左にスルッとかわした。5日連続の土俵際の逆転劇となった。決まり手は10日目からすべて突き落とし。右、右、右、左。今日も左から決めた。十両時代を含めて自己最多となる13勝目。「出し投げを打ちにいったらついてこられた。まあ、不細工な相撲しか取れないので」。

勝負が決まるとまるでボクサーのような軽快なバックステップを披露し、後方へと土俵を半周してみせた。そして鬼の形相ごとく顔をグッとしかめ、力強くうなずいた。「負けたら悔しいし、勝ったらうれしいので」。武骨な男の感情が、自然とあふれ出た。

初の賜杯が手に届くところまできた千秋楽は、異例の舞台に立つ。打ち出し後、審判部は千秋楽の取組を決め、結びで徳勝龍と大関貴景勝の一番を組んだ。千秋楽結びに平幕が出場するのは、昭和以降3度目。幕尻の力士が出場最高位の力士と対戦するのは、史上初という事態だ。

審判部長代理の境川親方(元小結両国)は「大関同士がいいんだろうけど、豪栄道があの成績だから。横綱もいないし」と説明。会場を引き揚げる段階で翌日の対戦相手が分からない中、徳勝龍は「自分が番付で一番下。思い切っていくだけ」と自らに言い聞かせていた。

荒磯親方(元横綱稀勢の里)、大関豪栄道らと同じ昭和61年(86年)生まれの33歳。この日、その荒磯親方はNHK大相撲で解説を務め「徳勝龍の流れがきている。重さがあって我慢ができている」と期待を込めた。「華のロクイチ組」の中では日の目を浴びる機会が少なかった徳勝龍に、千載一遇のチャンスがやってきた。

“相撲発祥の地”と呼ばれる地元奈良も盛り上がる。千秋楽の26日は、出身の奈良市役所が100人を定員にパブリックビューイングを開催する。奈良県出身の力士の優勝となれば、1922年(大11)の元小結鶴ケ浜が最後。現役力士では唯一の奈良出身の関取が、98年ぶりの快挙を故郷に届けられるか。本人は泰然としている。「(優勝の意識は)全然ない。昨日が一番寝られました」。

5年連続で初優勝力士の誕生が確定した荒れる初場所。歴史的な下克上の時が、刻々と迫っている。【佐藤礼征】

▽幕内前半戦の審判長を務めた高田川親方(元関脇安芸乃島) (徳勝龍が勝った瞬間)神懸かってるって思った。(要因は)分からん。本人も分からないんじゃないの。