大相撲の大関大の里(24=二所ノ関)が、綱とりの夏場所(5月11日初日、東京・両国国技館)に向け、地元の大声援を受けて本格始動した。7日、出身ので行われた春巡業に参加。相撲を取る稽古を再開し、計8番で7勝1敗と実力を示した。同町での巡業開催は70年8月以来55年ぶり。入場券は完売、2500人が駆けつけた。3月の春場所で3度目の優勝を飾り、2場所連続優勝またはそれに準ずる成績なら、横綱昇進は間違いない情勢。実現すれば初土俵から所要13場所という、昭和以降最速昇進へ突き進む。
◇ ◇ ◇
地元のヒーローの姿を一目見ようと、平日の日中にもかかわらず、石川・津幡町は熱気に包まれていた。結びの一番で、しこ名が呼び上げられると、会場の至るところで「大の里」のタオルなど応援グッズが揺れた。大の里は津幡町のカラーでもある、緑色の締め込みを着けて横綱豊昇龍を寄り切り。55年ぶりに巡業が開催された故郷に大歓声を起こし「たくさんの人が集まってくれて本当にうれしい。現役中に地元でできるのは大きい」と感謝した。
石川県出身としては、輪島が引退した81年春場所以来、44年ぶりの横綱誕生を期待する機運は最高潮の状態に達した。会場へと続く道路脇には「大の里」ののぼりが並んだ。計29本のうち、21本が「大の里」で、3本が所属する「二所ノ関部屋」。残る5本は幼少期から後輩の十両「欧勝海」だった。朝稽古では、春場所前以来となる相撲を取る稽古を再開し、綱とり場所へ本格始動した。関脇大栄翔、ともに前頭の錦木、明生を相手に7勝1敗。「直すところは直し、やるべきことをやって頑張りたい」と、状態を上げる計画だ。
地元だけに「大の里よりも『ダイちゃん』と呼ばれることが多かった」と、笑って明かした。本名は中村泰輝(だいき)で、小学生時代の呼び名が懐かしかった。会場となった津幡運動公園では、コロナ禍の日体大2年時に帰省した際、体重125キロの父知幸さんを背負い、50メートルの丘を上るダッシュを繰り返した。知幸さんは「故郷に錦を飾るとは、まさにこのこと」と感嘆。55年ぶりの巡業開催の流れをつくり、直前場所の優勝力士として帰省した、長男を手放しで褒めた。
この日は子どもの稽古でも胸を出し、大柄な子どもの当たりに、痛そうな表情を見せるなど、終始会場を盛り上げた。「声援を力に変えたい。英気を養って5月場所、頑張りたい」。昭和以降最速、初土俵から所要13場所での横綱昇進へ、いよいよ“待ったなし”となった。【高田文太】
◆石川県と相撲 古くから「相撲どころ」として知られ、横綱は江戸時代に活躍した第6代の阿武松、73年夏場所後に昇進した第54代の輪島の2人を輩出。特に日大出身で優勝14度の輪島は、大卒で唯一の横綱ということもあって、大の里と比較されることも多い。年6場所制では輪島の所要21場所が、初土俵から横綱昇進が最も早い。現役の石川県出身関取は、大の里の他に前頭遠藤、十両の輝と欧勝海がいる。JR金沢駅の観光案内所前には、4人の特大パネル写真が並ぶ。また首の大けがで序ノ口から再起し、幕下まで番付を戻した三賞受賞経験者の人気者、炎鵬も石川県出身。

