ハリウッドで活躍する数少ない日本人撮影監督の吉田照寿氏。来年公開予定の俳優カイル・ガルナー主演の映画「The Men(原題)」の撮影を終えたばかりの吉田氏に、撮影監督になるまでの道のりやハリウッドの魅力などについて話をうかがいました。

 この世界に入ったきっかけは、東京外国語大学在学中に訪れたある写真展で、写真家マルコム・ブラウン氏が1963年に撮影したベトナムの僧の焼身自殺をとらえた写真「The Burning Monk」を見て衝撃を受けたことだったといいます。圧倒的な写真の世界に魅了され、ハリウッド映画好きの父の影響で幼い頃から映画館やレンタルビデオで映画に親しんだこともあり、その後は自然と映像の世界へと傾倒していったといいます。

 「映像の世界には何となく興味はありましたが、これを仕事にしたいという気持ちは特に持っていませんでした。それが、大学在学中に訪れた写真展で気持ちが180度変わりました。展示されている一枚一枚の壁一面にプリントされた写真にただただ圧倒されて言葉を失いました。その時に初めて自分もカメラの後ろ側に立ってみたい、自分の何かを伝えたいという感情が湧いてきました」

 大学を休学して本場ハリウッドで映像学を学ぶために、21歳の時に、映画製作のカリキュラムに定評のある、ロサンゼルス郊外のチャップマン大学に留学。最初は漠然と監督になりたいと思っていたものの、脚本、監督、撮影、編集全てを監修する作品作りの授業を通じて、監督よりもカメラや照明をやっている方が楽しいと感じるようになったといいます。最初の夏休みには、低予算ながらもインディーズ映画の撮影助手の仕事に携わり、プロの現場でハリウッドの魅力を肌で感じたといいます。同大学で2年間映像学を学んだ後は、撮影助手としてハリウッド映画制作に関わり、さまざまな作品に携わってきました。その巧みな照明センスや映像構成が評価され、2007年に撮影監督として独立。インディーズ映画やミュージックビデオ、コマーシャルなど多数の作品を手掛けるようになりました。照明アシスタント時代は、ロサンゼルスのダウンタウンにある廃墟ビルでの撮影時に測量ミスでジェネレーターのガスが切れて真っ暗になるなど最初はたくさん失敗もしたといいますが、大きな仕事にも恵まれました。

 「照明アシスタントの駆け出し中に、スヌープ・ドッグ主演のミュージカル映画「Boss’n Up」の照明技師(ギャファー)をやらせていただくことになりました。今まで自分が照明技師としてやってきた10倍くらいの大規模な撮影でしたが、スタッフとのコミュケーション、的確な指示出し、先読み等、今後の自分のキャリアにおいて、ある意味転機になった気がします。以前過去の作品を振り返り、なんであんな照明のあて方、または、なんであんなカメラワークをしたんだろう? と思っていました。もちろん、技術や経験のなさもあったと思いますが、それ以外に最近になってよく思うのは、それは当時の自分の中でのベスト、もしくは、その時の自分が生み出し感じた脚本や状況に対しての映像表現方法だったということです。今また同じ作品をもう一度撮影しても、また違った感じになってくると思います」

 日本人がハリウッドの第一線で働くのはまだまだ狭き門。プロフェッショナルな人たちとの仕事は刺激がある一方で、ハンディや苦労もあるといいます。

 「アメリカ国内だけではなく、世界中からハリウッドに憧れて、いろいろな人がそれぞれの夢を持ってロスに来ています。そういう人達と出会い、刺激をもらい一緒に仕事が出来る環境が一番楽しいです。『語学のハンディは?』と聞かれることもあります。実際に現場で苦労したこともありますが、母国を離れ海外でやって行く以上、語学の壁を言い訳にしたくはありません。語学力のハンディを自分の努力で乗り越えて成功した人達をたくさん見てきましたし、彼らはつたない英語でもしっかり意思表示し、相手に自分のやりたいことをしっかり伝えています。それをみて自分もネイティブの発音にこだわるよりも、意思の伝わる言葉の選び方や表現方法に注意して話すようになりました。もちろん楽しいだけでなく、大変なこともたくさんあります。フリーランスですし、不安定な仕事に対しての不安やなにも保証がないことが、一番の苦労です(笑い)。ハリウッドはアメリカ国内外から撮影監督を目指し、または、すでに撮影監督でバリバリやっている人達が集まる場所なので競争はすごい競争率です。その一方で、ここは才能のある人達であふれていますから、ベテラン撮影監督の経験から教わる撮影や照明の仕方、または若手の大胆で斬新なアイデアなどに触れる機会が多々あり本当に良い刺激になります。撮影監督としての面白さややりがいは、自分の中で脚本を理解して監督のビジョンを他のスタッフと一緒に映像化するプロセスにあると思います」

 2007年に撮影監督として独立。最初に関わった短編映画「Recollection」が、今も心に残る思い出深い作品だといいます。

 「独立する前から照明をやりながら撮影監督も少しずつやらせてもらっていましたが、独立して最初に関わった作品が「Recollection」でした。演技経験のない60代の男性を監督がキャストし、晩年を迎えた自分の人生を過去に自分が撮った写真を見ながらインタビュー形式で振り返る物語でした。その撮影で、この世界に入るきっかけとなった写真展で感じた思いを再度感じることが出来ました。あの当時は自分の“何か”を伝えたいという感情でしたが、今回の作品はこの60代男性の思いを伝えたいという感情でした。とても残念なことにその男性は数年後にお亡くなりになりましたが、その方の意思はちゃんと作品に残っており、男性の家族は今でもこの作品を大事に保管されているとうかがっています。自分は他者とのコミュニケーションがあまりうまくないと思うんです。だから映像を通して人とコミュニケーションを取りたいという感情を再確認させてもらった作品なのかもしれません」

 来年はJ・K・シモンズ主演の映画「I’m not Here(原題)」と「The Men」の公開が控えています。

 「シモンズさんの作品はカメラオペレーターとして参加していますが、他にも『キャプテン・アメリカ』のバッキー・バーンズ役のセバスチャン・スタン、歌手で女優のマンディ・ムーアらが出演しています。役柄的にシモンズさんにはあまり話しかけてはいけない空気だったので、必要な時以外は自分から話しかけないようにしていました。でもリハ前やテイク後に普通に向こうから『てる!』って気軽に声をかけてくれました。どの現場でもそうですが、役者さんがいつその役になりきっているのか分からないので、朝と撮影終了時の挨拶や撮影中の必要な時以外は彼らから話しかけてくるまで基本的に自分からは話しかけないように心がけています」

 “素直で謙虚に、そしてあきらめない”ことが大切だと言う吉田氏にとって将来の夢は、年に1本の割合で脚本の内容やキャラクターに自分が共感出来る長編映画を撮ることと、国境を越えた作品作りに関わることだといいます。日本人ならではの繊細なカメラワークと照明技術でこれからもハリウッドでの活躍が期待されています。【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)