「私ができるのも、あと数年でしょう」。歌舞伎俳優坂東玉三郎(68)から衝撃的な発言が飛び出したのは、先日、都内行われた熊本・山鹿市の八千代座「映像×舞踊公演」(10月30日~11月4日)の会見の席上だった。

 100年以上の歴史を持つ芝居小屋である八千代座で、玉三郎は90年から特別公演を行ってきた。舞踊を中心に芝居を上演する時もあり、熊本だけでなく、全国から観劇に訪れる人もいる、人気公演だった。しかし、玉三郎も年齢を重ねる中で、「全部踊るのは体力的に大変になった」と言うように、「京鹿子娘道成寺」「鷺娘」などの舞踊の大曲を踊ることが難しくなり、昨年の公演から過去の自ら踊った時の映像を取り入れて、一部だけ踊る構成にしていた。

 今年も「口上」と解説後に、「鏡獅子」「藤娘」を映像×舞踊で上演することを発表したが、今後の予定を聞かれた時に、「30周年を区切りにしようと思っています」と、20年にも八千代座での公演に終止符を打つことを明らかにした。そして、「八千代座に限らず、私ができるのもあと数年でしょう。みっともない形では出ていきたくない。脇(役)は別ですが、その覚悟で挑みます」と引き際の時期にも珍しく言及した。

 ただ、この衝撃発言にも意外な気はしなかった。玉三郎の美学からすれば、自らの「引退」の時期を考えているのは当然と思っていた。事実、世界的にも評価の高い「鷺娘」などは、体力的に満足な出来で踊ることができないという理由で、以前から封印してきた。さらに、歌舞伎座などの公演への出演も減っている。

 いつか、玉三郎の舞台を見ることができない時が来るだろう。歌舞伎の長い歴史の中で繰り返されてきたことでもある。今年からスタートしたNHKの特集企画「伝心~玉三郎かぶき女方考」は、玉三郎が後世に語り継ぎたい役の「技」「心」を映像ととともに語る番組。受け継いだ「芸」を次世代に継承することに使命感を持つ玉三郎の思いが結実した番組でもある。

 そんな玉三郎だから、歌舞伎界の将来に危機感を抱いている。先日の会見でも「若い人が勉強会などの稽古する時に、教えてもらう先輩が減ってしまった。若い方が大曲の意味を理解せず、本意が伝わらないものになるのが心配です。定高、阿古屋、政岡という役も、私以外に伝えられる人がいなくなっているものもある。映像は発達したけれど、どう伝えるかが大変な問題。今、私が話しておかないと分からなくなってしまう。そういう意味では、層が薄くなった。気楽にやって続くものでないし、危機的状況かもしれません」。

 大名跡の襲名が続き、若い世代も台頭。活況を呈しているように見える歌舞伎界だが、名女形の目には不安なことが多いようだ。【林尚之】