角淳一(すみ・じゅんいち)という名前を聞いてニヤリとするのは、おそらく50代以上のシニアだろう。角さんといえば、MBS(毎日放送)のアナウンサーとしてラジオ「ヤングタウン」や、テレビ「夜はクネクネ」といった懐かしの番組で同局を代表する人気者となった。
その角さんが5月5日放送の「コトノハ」(MBSラジオ)で久々に声を聞かせてくれた。「ヤンタン」「夜クネ」を知らない若手アナとも共演。「1970年の大阪万博の思い出はありますか?」と後輩アナから問われ「万博反対のデモに参加した」「(アメリカ館で)月の石を見た」などと当時を振り返った。
この時の経験にヒントを得て、後年開催されたイベントでは腎臓結石で体内から摘出した石を「角の石」として公開したと明かし、共演者の笑いを誘っていた。
80歳になった角さんだが、軽妙なトークは健在。落ち着いた声のトーンながら、話の端々にユーモアを差し込み、笑福亭鶴光や原田伸郎と組んで番組を盛り上げていた当時を彷彿(ほうふつ)とさせた。
ほぼ同じタイミングで、角さんはMBSラジオのポッドキャスト番組「松井愛のすこ~し愛して~こみいった話~」にも出演。松井アナが入社した当時(93年)に「校長先生」として指導にあたった角さんと、生徒(松井アナ)とで対談した(MBSラジオのホームページから聞けます)。
新人アナ相手の最初の授業で「俺が教えるものは何もない。(アナウンス技術や仕事への取り組み方は)俺から盗め」と、角さんは伝えた。
「上岡龍太郎さんから『お前は、新人アナを教える研修などやらんでええ。アクセントがどうのとかよりも、それらを超えたものを教えろ』と言われた」という言葉も角さんらしい。
角さんの番組をリスナーとして聞いていたわたし流に解釈するなら「技術よりも、姿勢や気持ちを大事にしろ。それがアナウンサーの基本」ということか。
思えば、この世代(角さんは1945年生まれ)には大阪の各局に個性的なアナウンサーがいて、それぞれの番組で腕を競っていた。道上洋三(43年生まれ)はABCラジオ「おはようパーソナリティー」で阪神タイガースファンのハートをがっちりつかみ、関西テレビの桑原征平(44年生まれ)は体を張ったリポートとざっくばらんなしゃべりで「アナウンサーやなくて、芸人やろ?」と評判を集めた。
東京の局では、久米宏(TBS、44年生まれ)、みのもんた(文化放送、44年生まれ)も同世代。偶然かもしれないが、この数年はプロ野球のドラフト流にいえば「大豊作」だった。
角さんはテレビ「ちちんぷいぷい」に放送スタート時(99年10月)から司会として出演。MBSを定年退職後も2011年9月まで(この時66歳)出演し続けた。
その後も単発出演はあったが、今回のラジオ出演につながったのは、角さんがMBSの後輩に愛されていたから(だと想像しています)。大阪府四條畷市出身で関学大OBという根っからの関西人。いつも穏やかなスマイルを絶やさず、ソフトで飾らない関西弁を話す。若い頃「放送で関西弁を話すとは何事か」と上司から警告されても、自分のスタイルを曲げなかった頑固な面も持つ。それが角さんの魅力。やはり、技術よりも人間が色濃く伝わるから、長く、幅広く愛されたのだと思う。それは道上さん、桑原さんも同じ。
次回の「コトノハ」(12日午後9時30分)にも角さんはゲストとして登場する。「ヤンタン」からラジオにかじりついていた私には楽しみでしかない。【三宅敏】




