本気の中の本気の涙を目の当たりにしました。11日の夜、都内の青山葬儀所で、今月8日に大腸がんのために62歳で亡くなった、伊藤英明や岩城滉一、DAIGO、吉岡里帆らが所属する芸能事務所「エー・チーム」の小笠原明男社長の通夜が営まれました。

 焼香後に報道陣の囲み取材に応じた吉岡さんは、視点の定まらない放心状態で立ち尽くして、小笠原さんの思い出を語り始めると、周囲が驚いて、あとずさりするほどに号泣しました。

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 京都出身の吉岡さんの「東京のお父さん」との言葉は、誇張ではありませんでした。病室への見舞いでの、日常の電話でのやりとりの内容は、まさに父と娘のようでした。芸能事務所の社長、マネジメントとは、エンターテインメント界では、日の当たらない裏方業です。それにもかかわらず、平日の夜にもかかわらず、弔問客は約2000人。50人近い著名人も訪れました。吉岡さんは「本当にすごいかっこいいんですよ! 本当にかっこよくて、今もお通夜していたら分かると、ここにいらっしゃったら皆さんも分かると思うんですけれど、みんなのことが大切で大切で愛情をいっぱい届けていらっしゃったから、こんなたくさんの人が集まってくださったと思うんです」と、泣きながら必死に説明しました。

 そして、関係者に取材の終了を促されると、最後に「すみません、ちゃんと伝わっていますか? もしも記事にするなら、優しくて人情がいっぱいで、かっこよくって、本当にお客さんのことばかり考えていた人だったと書いて下さい。お願いします!」と、号泣しながら懇願されました。

 取材中に言葉が詰まるたびに、吉岡さんは自らを「もっとちゃんと話さなきゃ、伝えなきゃ」と鼓舞しながら、懸命に思いを伝え続けていました。

 故人の人柄の良さや涙を誘う思い出話をするのは、芸能界の通夜・告別式ではよくあることですが、ここまで必死な姿は、芸能記者歴10年以上の私でも、記憶にありませんでした。しかも、テレビのトーク番組などでは、スマートで落ち着いた印象だった吉岡さんだっただけに、こちらの衝撃もより大きいものでした。

 昨今の芸能界では、長い間所属していたり、自分を成功に導いてくれた事務所から、簡単に独立や移籍をするタレントが続出していただけに、吉岡さんの熱い言葉とまなざしは、こちらの心までもを震わすものがありました。

 「本当に私にとっては、一緒に仕事ができたことが誇りですし、明男さんがこの会社を立ち上げて、こうしてこられた時間を、ちゃんと守らなきゃいけないと思います。とにかく事務所に残った役者やタレントは、寂しくてどうしようもないですけど、頑張るしかないと思っています」。

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 泣かせる誓いでした。もしも、天国の小笠原さんが、吉岡さんの言葉を聞けるのだとしたら、これほどマネジャー冥利(みょうり)に尽きて、うれしくて、頼もしいことはないでしょう。

 吉岡さんは、小笠原さんに「作品を見てくださる方に、いかに楽しんでもらうことを常に考えなさい」と教わったそうです。彼女が、恩師の教えを忘れずに、誠実に仕事に向き合い続けていけば、近い将来に本当に大女優になれると思います。この悲しい別れも、必ずや女優吉岡里帆の糧になる。そう確信させられる夜でした。