吉本新喜劇の間寛平GM(74)、島田珠代(54)が30日、大阪市の吉本興業本社で「第二十八回 吉本新喜劇GM月例会見」に出席し、膵(すい)がんのため、27日に亡くなった漫才師今くるよさんとの思い出を語った。
寛平は「残念でしたね」と第一声。最後に会ったのは、22年4月に行われた吉本興業創業110周年特別公演「伝説の一日」だった。
寛平は花紀京さん、いくよくるよさんは島田洋之介・今喜多代に弟子入り、同じ時代を生き抜いてきたとあって、「お互い怒られてるのも見てきたし、ずっとこう慰めおうてやってました。怒られる仲間みたいやった。師匠から『漫才下手』って怒られてた。それで努力してあの姿になったんやと思う」。京都花月の舞台の後は一緒に飲むことも多く、「よく裸で踊ってましたわ。どんだけ見たか」と懐かしんだ。
気さくで優しい性格で知られた、くるよさん。寛平が坂田利夫さんと同じマンションに住んでいたときは、よく遊びに来てくれたという。寛平は「ジュリー」、珠代は持ちネタの股間を弾くネタにちなんで「チーンちゃん」と呼ばれていたといい、寛平は「ジュリー、沢田研二やで?どこがジュリーやねん。ちょっと上の方に言う」と笑った。
元新喜劇座員の光代夫人も、くるよさんには世話になった。「うちの嫁も女の子ばっかりのソフトボールのチームに呼んでもろて。新地のお店に呼んで、そろそろ終わるころに迎えに行ってました」と語った。
一方、珠代は「おひな祭りの会にも呼んでいただいたり、女子には特別優しくて応援してくれた」。後輩が緊張せずに楽しくしゃべられるように場を明るくしてくれたことを振り返りながら、「後輩に気を使わせないっていう、そういう先輩にならなければというのは、いくくる師匠から学びました」と感謝していた。



