★政治のでたらめさを改めて突きつけられた思いだ。今思えば昨年の10月7日、首相・高市早苗は皇位継承議論への対応を、副総裁・麻生太郎に引き続き委ねた。首相は党本部で「(副総裁就任を)お願いをするときに、皇室典範の問題もきっちりとやってほしいとお願いした」と説明している。この時麻生の野望を見抜けなかった。11月27日、首相は麻生と首相官邸で約15分間会談。今後の政治課題についての意見交換と言われた。麻生は面会後、麻生派の例会で「(首相は)元気そのもので良かった」としている。その後、麻生は党首討論、日米首脳会談とことあるたびに首相をねぎらい、評価してきた。

★12月22日、麻生や前首相・石破茂、元首相・岸田文雄、元首相・菅義偉の首相経験者4氏を回り、岸田との会談では皇室典範を巡る課題も話題に上がった。首相は1月に突如衆院解散を仕掛け、解散会見で「国論を二分するような大胆な政策」という表現を4回繰り返し、国民の想像力をかき立てたが、どうも本丸は「皇室典範改悪」だったようだ。当時は皇室典範改正を巡り、自民と立憲民主党の間に議論の乖離(かいり)があり、歩み寄る術がなかった。麻生・高市は極めて高い内閣支持率を背景に電撃解散を仕掛け、また立憲と公明党が新たな塊を作ろうとしていることを承知の上で、圧勝できると踏んだのではないか。結果、自民圧勝、中道改革連合壊滅という結果で中道、公明、参院に残る立憲と、その後も党はバラバラ。3党は「合流する」と掛け声ばかりで、首長選挙では支援の一本化はできず、皇室典範改正でも対応が分かれた。

★中道代表・小川淳也は「女性皇族が結婚後も皇族として残る」。これを獲得するために他は涙をのんで妥協したのだと寝ぼけた言い訳をした。麻生・高市は小川が公明と決別してでも反対を主張し、世論の賛同を得る心配すらした節もなく、4月に小川の「女性天皇を生きているうちに見てみたい」という自身の発言について謝罪、撤回したこと、それ以外でも軟弱さをくり返していたため、恐れるに足らずと値踏みしていたはずだ。国会の議論では政府もずさんだったが、政治回しでは全く歯が立たなかった。(K)※敬称略