★6日は広島への原爆投下から81年目の「原爆の日」。日本人として忘れることはできない。1986年から憲政史上初の女性党首となった日本社会党委員長・土井たか子は91年8月6日、細川護熙連立政権の誕生で、与党第1党・社会党から衆議院で初の女性議長に選出された。議場で議長は慣例で「君付け」だった国会での呼び方を「細川護熙さん」といった具合に「さん付け」に変えたのは新鮮だった。核兵器反対、女性のための法的保護など、日本政治が成し遂げられなかった女性参加の道を開いた先駆者だった。

★近年女性の社会進出、政界や官界での躍進は著しい。93年の衆院選で都知事・小池百合子は中選挙区の旧兵庫2区(定数5)において土井に次ぐ得票数2位に食い込み日本新党で当選した。その後は土井を追うように“女性初”を手中に収めていく。07年、女性初の防衛相、翌年の自民党総裁選に女性初の出馬。10年、党総務会長に就任。党三役入りした女性は初めて。司法界では検察官、弁護士、裁判官の「法曹三者」のうち24年4月に日本弁護士連合会会長に渕上玲子就任、7月には検事総長に畝本直美が就いた。昨年10月には女性首相に高市早苗がなった。いずれも女性初だ。

★そのきっかけは1980年に女性差別撤廃条約を批准。85年の男女雇用機会均等法制定からだろうか。今名前が挙がった人たちはそれぞれの分野で努力されたことだろう。一方で、そこに押し上げてもらい、女性初の称号を受けた裏にはとてつもない数の市井の女性の努力と協力とがあったはずだ。だが33年前、土井がつかんだ政治の世界の頂点は土井の政治姿勢や価値観への国民の信用があったからだ。高市は核兵器廃絶、女性の法的保護も顧みず、皇室典範改正にまで手を伸ばした。国民の中や自民党内では今後高市政治の評価が問われるだろうが、歴史を踏襲せず過去のことは知らぬとうそぶき、隣国を挑発し、核武装を念頭に置く首相は広島、長崎にも思いが及ばぬことだろう。政治的客観性に乏しく市井の人たちの日常的安寧に心を砕き、民衆と共に歩むことに興味のない政治家ではないか。先達たちは8月6日に何を思うか。(K)※敬称略