★政治家、ことに政権を持つ者には、議会中ならばメディアにも積極的に露出して、議会で堂々と論陣を張り、野党を論破、またはするりとかわすのが理想だろう。ことに野党は政権の監視役として様々な方向から幾重にも矢を飛ばす。野党の調査能力は今や週刊文春にすっかりお株を奪われたが、以前は告発やタレコミは野党に来たものだ。告発者は野党が正義の側にいると思ったからだろう。今はそんな面影もなく、質問に立ち「週刊誌に書いてある」と叫ぶだけだ。それは野党の調査機能や質問のテクニックが著しく低下したからに他ならないが、党内政争や野党抗争を繰り広げ、候補者は当選が目的となり、人材育成に全く時間とカネを費やさなくなったからだ。

★国会が閉会すれば、これで野党の露出は極端に減る。政権は議会会期中には出さなかった数々の政策を発表し、国民の関心を釘付けにする。事件、事故、国際的紛争があれば閣僚に的確な指示を出すとともに、自らが乗り込み陣頭指揮を執る。これらは政権の圧倒的なチャンスになる。リーダーシップが働いていると国民は感じる。現政権では全くそれが機能しない。まず前述したようなやり方はネットやSNSの普及拡散によって政府の言い分をうのみにする国民が減り、野党への期待も実力より低く扱われた部分もあろう。またメディアのバランスある報道にかみつくことでメディアの萎縮を呼んだ。何よりも一国のリーダーが議会の出席を極端に嫌い、公約なるものは柔軟性に欠き、適切な時期に適切に運用できなければ政策として失敗だと受け入れられない。1度決めたことは必ず間違っていても進める。これでは明治からの150年の役人気質と変

わらない。

★与党も情けない。この体たらくに手を差し伸べる者もいないしベテランやOBが苦言を呈してたしなめることもない。そしてチルドレンと称する幹部の言いなりの議員たちが党の思考を停止させる。数年前から始まっている自民党の総務会の崩壊はそれを物語る。もう一致団結する時代でもない。その多様なニーズに答えていく柔軟性が党に生まれない限り組織は崩壊する。保守政治の得意とするところは組織を守りながら中身をうまく変えていくところだが、自民党はもうそれをやり切る力はない。政治が守るべきものを自民党は失ったか。(K)※敬称略